第十回 ④
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前回のあらすじ
阿賀野鈴 41歳 出版社勤務の編集者。編集長の越場さんが、私と娘のやよいと家族になりたいと言ってくれた。そして、結婚という形式にこだわりはなく、私と一緒に生きていきたいと。それだけで私はもう充分だ。これから2人で私の家に帰って、夕ご飯を食べながら皆にその話をする。両親には私が越場さんに抱いていた気持ちのことは話していない。察してくれてはいるかもしれないけれど。

予想通り、天ぷら各種が山ほどあった。
他には照焼きチキンに出汁巻き卵、マカロニサラダにコールスローにきんぴら牛蒡、鯖の煮付けにエビチリソース。一人で抱えて持ってくるのも大変だろうっていうぐらいの量だ。もちろん、蘭は大きな四角い保冷バッグを抱えていくんだけど。
温めるものは蘭が温め直して、お味噌汁はシンプルにお豆腐とネギだけ。あとは、冷蔵庫に常備してある大根のビール漬けとか、蜜柑の皮と漬けたものとかがテーブルに並んでいる。
いつも通りの、お総菜の日のメニュー。
大人六人がつけるキッチンの広い食卓テーブル。大人四人にやよいと優、それに陸がいても余裕だけれども、そこに越場さんが入ると、ちょっとギリギリかもしれない。
本当に久しぶりに我が家にやってきた越場さんを、お父さんもお母さんも嬉しそうに出迎えていた。いつもいつも私が世話になっているのに、何にもしないで申し訳ないとか、そんな話をしている。
やよいは、楽しいおじさんが家にやってきてくれてちょっと嬉しそう。優ちゃんは、まったく知らないおじさんに恥ずかしがっていたけれども、やよいお姉ちゃんはもちろん、皆が喜んでいるみたいなのを感じたのかすぐに馴染んでいた。自分で越場さんの隣に座るとか言い出して、ちょっと皆が驚いたり。
越場さんは何故かこれぐらいの子供に好かれる性質みたいで、若い頃からそうなんだと言っていたっけ。
まずは、食べよう。
うちはいつもそうだ。何か話があるときでも、そこにご飯があったのならまずは食べよう。温かいものは温かいうちに、美味しく頂こう。
食べながら、自然と昔話になっていく。
越場くんが初めてうちに来たときには、まだ鈴も陸も小学生だったよな。
テレビゲームで負けて悔しくてずっとやっていたんですよ、夜中まで。
初めて一緒に仕事したあの本が、越場さんが編集者になって初めて増刷したのよね。
そういえば泊まることが増えて枕を買って置いときましたよね。
「思えば、長い付き合いになっているな」
お父さんが、ポツリと言う。
箸を、置いた。それを見て、お母さんも同じようにして、越場さんを見る。
「これからさらに長い付き合いになるという話をしにきたんだろうか?」
越場さんが、少しだけ慌てたように箸を置き、右手もひらを軽く広げてから頭を下げた。
「私が、先に言うべきことでした。すみません、つい、こんな食卓が楽しくて」
越場さんが、私を見る。私も箸を置いて、背筋を伸ばした。
「鈴さんと、共に生きていこうと話しました。今日はそのご報告とお願いに上がりました。どうぞ、よろしくお願いします」
頭を下げる。私も、一緒に。顔を上げると、皆が微笑んでいた。お母さんが、頷いている。
お父さんが、一度深く息を吐いた。
「鈴を、よろしく頼みます。どうぞ末永く、できることならその日が来るまで一緒にいてやってください」