越場さんは、今のマンションをそのまま士郎くんに譲ることにした。
もちろん、士郎くんの就職の状況でどう変わるかわからないけれども、彼も志望は教員だ。東京都であるならどこであろうと通勤圏内だろうし、持ち家だから家賃が掛からないというのは新社会人にとっては魅力的なこと。結婚しても、新婚の二人暮らしならまぁなんとか、っていう広さだし。
越場さんは息子さんに何かを遺したいとずっと考えていたらしく、いい具合の結論になったって喜んでいる。
お父さんと呼びたい、というやよいの一言で、私たちはすぐに籍を入れた。
新しい越場家が、できた。
式などは、しない。
記念として三人で写真は撮った。さすがに花嫁衣装はちょっと、いやかなり恥ずかしいので、そういう場面で、たとえばパーティにでも着れるようなドレッシーな服を新調して。越場さんも、スーツを買った。
仕事をする上では、〈阿賀野鈴〉のままにした。
ただでさえ私は一度名字が変わっているんだ。
長年お付き合いのある作家さんも多くて、またしても名字が変わったのでそう呼んでほしいというのはさすがに気が引けるし正直面倒くさい。そして職場で越場が二人になるのは多少ややこしい。
もちろん、結婚して籍を入れたことは皆に報告して、本当に、本当に心底驚かれたけれど概ね好意的に迎えられてホッとした。
何もしないなんてもったいないからお祝いしましょうよ、と、私の同期たちが幹事になってくれて、祝賀パーティをしてくれた。
布団と服だけ持って、越場さんは陸のマンションへ移った。向こうの部屋の家具をそのまま士郎くんが使えるようにと。
快適だ、と言っている。
改めてわかったけれど、陸とはとても気が合うし、この年で気が合う男同士で暮らすというのもなかなかいいものらしい。その辺は私にはよくわからないけれど、お互いに喜んでいるんだから。
朝と夜は阿賀野家で過ごしている。会社から帰ってきたら皆でご飯を食べて、のんびりと過ごし、寝るときだけ戻っていく。
たまに、私がお邪魔することもある。
そのうちに、また変わっていくのだろう。蘭にもう一度愛する人ができたり、やよいがこの家を出ていくときには。
そのときにまた、考える。
どうすれば、幸せなままで暮らしていけるのか。
幸せになるために、そうしてきたのだから。
(了)
●ご愛読ありがとうございました。この作品は、新潮社より刊行予定です。