第三回 綺麗すぎる男

おくるひと

更新

前回のあらすじ

義父が死んだせいで同居することになった義母は、日が経つにつれて横暴に、贅沢に、我が儘になっていった。「やっぱり、一花、すこし言葉遅いと思うんよ」―消耗していく「私」に対する、義母の容赦ない攻撃が続く。

 私は一花のことを考えたくない。一花が今後どうなっていくのか考える勇気がない。
 だから、公子に一花の話をされると涙が出てしまう。公子の言うことは、少なくとも一花に関することは全く間違っていない。それを知ってか知らずか、ここ最近の公子の嫌味はほとんど一花のことだ。
 いっそ、公子が一花を藤本先生でもなんでも、病院にせに行ってくれればいいのに、と強く思う。しかし、公子は一花を心配しているわけではなく、ただ私への攻撃材料として一花を使っているにすぎないのだから、そんなことは起こらない。公子が面倒を見ると言いながら、やはり毎日ランチをしに外出しているのは知っている。もちろん、一花は連れて行かないので、二歳にしてひとりぼっちで留守番しているということになる。しかし、一花は泣きもわめきもしていない。一応、見守りカメラをリビングに設置しているから一花の様子はいつでも確認できるのだ。一花は一人でずっと絵を描いている。
 一花の絵もまた、フツウではない。題材はまちまちだ。花だったり、動物だったり、風景だったりする。しかしどれも一律に、毒々しく生々しい。二歳の少女がクレヨンで描いているなんて、誰も信じないだろう。
 一花が描いた、目が潰れるほど鮮やかな色遣いの花の絵を見るだけで吐き気を催してしまう私にとって、仕事は一種の清涼剤ではあった。勤め先の小さなクリニックを経営しているのは陽気な女医で、毎日「今日もありがとうございました」と言って小分けのお菓子をくれる。私は、自分では絶対に買うことのないような、高級な焼き菓子を頬張りながら帰宅する。勤め先には公子のようなクソババアも、一花のようなストレスのタネもいない。
 コンビニの窓ガラスに映る自分の顔を見てゾッとする。ひどい顔。純粋に怒った顔なだけならまだしも、良くない感情が詰め込まれたようなみにくい表情。自分の顔にすら腹が立って、悲しくなる。
 コンビニの壁掛け時計を確認すると、仕事の始業まで一時間もあった。
 どこかで時間を潰そう、と思い立って、コンビニのイートインスペースと、カフェを見比べる。
 たまには贅沢ぜいたくしてもいいよね。
 そんな風に思って、私はカフェに入り、「店長オススメ」というポップの掲げられたメニューを注文する。キャラメルの香りがする飲み物を受け取って席に着く。店内はまばらに人がいるだけで、その人たちは何やらパソコンを持ち込んで仕事をしている。キーボードのカチカチという音が響くだけで、とても静かな店内だった。
 それに、この飲み物もすごく美味しい。甘いけれど、それだけではなくて、奥深いコクのようなものも感じる。
 涙が出そうになった。この空間は私をいやしてくれる。ふう、と深呼吸をして、店内の空気を吸い込んだ時だった。
「おはようございます」
 なぜか正面に男が座っている。三十代、いや、二十代後半かもしれない。タレントみたいに綺麗な男。綺麗すぎて、違和感すら覚える。まるで、彼だけがこの世界から浮き上がっているような。