第五回 やらしい女
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前回のあらすじ
娘の一花は、2歳になっても意味不明な言葉しか話さない。大声で娘を叱っていると、義母が警察に通報してしまう。追い詰められ、孤立した私の話を聞いてくれるのは、宝石のように美しい瞳を持つニコだけ。ニコは運送業をしていると言うが……。

「ああ、お米、買い忘れてましたね……」
私は公子の買い物袋に目を向ける。どこかのブランドのエコバッグを五枚も持っているのに、公子はそれを使わず、毎回ビニール袋を持って帰ってくる。大きいサイズだから、おそらく一枚五円。わざわざちょっと高いお惣菜を買う。
これも「ちょっとの楽しみ」?
お米やお酒やしょうゆなんかは一回だって買ってきたことはない。
パック詰めされたエビフライとビーフシチューを見る。
何が高血圧?
そんなお惣菜、私の作ったものと比べて、段違いに塩分含有量が高いだろうに。
「お米、買ってきてくれなかったんですね」
私の口から、言葉がこぼれた。ほんの少しだけでも反撃してやりたかった。
「買えへんかったんよ!」
公子はヒステリックな声で言った。
「あんたがケチくさく五千円しかカードに入れんからよ!」
限度額いっぱいまで使ってしまうので、クレジットカードは夫に言って取り上げてもらった。公子は私の作ったプリペイドカードで買い物をしている。もちろん、私だけが払っているわけではなく、夫婦の財布から出してはいるのだが、それでも。
「五千円もあれば、お米は買えましたよね。お惣菜だって、家にあるものを食べたらいいじゃないですか。それを我慢すれば、買えましたよね」
一度言葉に出すと止まらなかった。
「私だって精一杯やってるんです。一花だって、これからお金がかかりますし……もう少し、家族のために協力してくださらないと困ります」
「何を協力したらええの」
「何って、その……節約」
私が答えると、大口を開けて公子が笑った。
「なんで家族やないモンに協力せんといかんの。アホちゃう」
公子は声でだけ笑っている。
「あんたが朝何しとるか、知らないとでも思てんの」
心がざわつく。なぜ、公子が。私は、朝家を出て、公子はいつも、朝は家にいるはずで。
私の心を見透かしているかのように、公子は詰め寄ってくる。
「随分綺麗な男の子やねえ。目ぇトローンとさせて。あんたいくつなん? 歳考えや、みっともない。私からしたら、孫みたいな歳に見えたわ。あんたと並んでると、親子みたいやったえ。そんな若い子ぉに、何を話すことがありますの? いくら貢いだん? ほんま、気色が悪いわ。恥ずかしい」
公子は私の周りをぐるぐる歩き回る。一旦言葉を切ってから、思い出したように、
「あんた、そんなみてくれで、やらしい女やもんね」
全身が総毛立つ。公子の言葉が背筋を虫のように這っている。
「知らないとでも思てたん」
公子の太い指が、私の腕を握り締めた。
「なあ、ほんまに知らないと思てたん? 雄一やって、気付いてるよ。ていうか、見たら分かるやん。一花の顔なあ……」
ダマスクローズの香りで頭が割れるように痛い。
「おとうさんにそっくりやもん」
腕が痛い。頭が痛い。全身が痛い。
なんで。どうして。そればかりが頭に浮かんで、点滅する。
「ねえ、どやった? おとうさんの。よかった?」
結婚してすぐのとき、雄一の実家でお風呂をいただいた。自慢のヒノキ風呂だと言っていた。
実際とてもいい香りだった。こんな良いお風呂があるなんて、すごく裕福なおうちなんだと思った。
お義母さんの料理は美味しくて、たくさんあって、おなかがいっぱいだった。
すごく幸せな気持ちで、お風呂から上がった。
そしたら。
「あんた年上がいけるだけかと思てたけど、年下もええんやねえ。節操がないわねえ」
義之が全裸で立っていたのだ。
最初は、私が入っていることを知らなかったのかと思った。
だから、タオルで体を隠して、ごめんなさい、すぐに出ますから、と言った。
当然向こうも気まずい顔をして、出て行ってくれると思った。
「金の話して、ひとのこと、泥棒みたいに言うけどなあ」
そうはならなかった。
隠さないで良い、と義之は言って、バスタオルを剥ぎ取った。やめてください、と言う前に、私の胸を鷲掴みにして、妊娠したらこれ以上大きくなるなんて楽しみだと言った。抵抗することなんてできなかった。義之の太くて毛だらけの指が全身をまさぐった。すのこが背に当たって痛かった。私はそのまま、