わたしをお食べ【3】

プディングと小公女たち

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前回のあらすじ

ホテルのはなの社長の娘・つぐみと『不思議の国のアリス』に出てくる「女王のタルト」ことトリークルタルトを作る詠子。家族について物思いにふける中、娘の望が「家出をした」と言って詠子の泊まるホテルへやってきた。

イラスト miii
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 その日、詠子は家へ帰ることにした。望もいっしょにホテルを出て、すぐそばのバス停のベンチに、ふたり並んで腰を下ろした。
 小さい望と律を両脇に、かつてもここに座ってバスを待ち、家へ帰ったことを思い出した。
「家出して、“ホテルのはな”に泊まって、お菓子を食べて帰るのかあ。あのときと同じだね」
 望も、同じことを思い出していたのだろう、そんなふうにつぶやいた。詠子はカバンから、メアリさんの本を取り出す。これを手に取ったから、気づくことができたのだ。メアリさんが思い出させてくれたアリスの世界は、ずっと、詠子と望をつないでいた。
「それ、『不思議の国のアリス』じゃない。お母さん、その本どうしたの?」
「もらったの」
 たぶん、メアリさんがくれたのだと思う。手にしたのは偶然だったとしても、詠子にとっては、メアリさんからの贈り物だ。
「さっきホテルで食べたタルト、ハートの女王様のタルトなんだよ」
「えっ、あれ? なんか甘い茶色いものだったけど、あれなの? ジャムタルトじゃないの?」
「本当のところはわからないけど、イギリスではよく食べるお菓子なんだって。トリークルタルト」
「トリークルタルト、か。おいしかったな」
 望はうれしそうに微笑んでいる。お互いに笑顔で話すのは何年ぶりのことだろう。口を開けば、どちらもしかめっ面になるばかりだった。詠子はいつの間にか、望にとって楽しいことやうれしいことが何なのか、気づけなくなっていた。
「望は、『不思議の国のアリス』が好きなのね。今も…、そのストラップの小瓶、「わたしをお飲みください」っていうあれね。アリスが飲んで、小さくなる薬」
 バッグにぶら下がっている小瓶は、鮮やかな青い色で、木製の札がついている。英語でそう書かれているようだ。