からす麦の花咲く【4】

プディングと小公女たち

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前回のあらすじ

メアリさんと亡くなったつぐみの祖母が夢見た『秘密のお茶会』。その招待状が児童書だったとわかり、つぐみはその夢を叶えたいと思っている。が、事情を知っていそうな千枝の祖父はかたくなに口を閉ざすのだった。

イラスト/miii
イラスト/miii

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 木を組んだ箱に車輪がついたリヤカーは、古いけれど使い込まれた味わいがあって、『秘密の花園』の挿絵に出てきそうだと思いながら、つぐみは眺めた。千枝が、西川園芸店から持ってきてくれたのだ。幼児が乗れるくらいで小さめのサイズだが、苗の入った鉢や土などを運ぶにはちょうどよさそうで、高齢の女性でも問題なく引くことができただろう。
 ムシャムシャがこのリヤカーをおぼえているなら、きっとメアリさんの庭へ案内してくれる。気がはやるつぐみだが、千枝は、いっしょには行けないと言った。メアリさんの庭はたしかにある。でもそのことを秘密にしてほしいというのが、千枝の祖父とメアリさんとの約束だったから、自分がその約束を破るわけにはいかないということだった。
 たぶんそこは、つぐみの祖母の潔子が用意した場所だろうと、彼女はそんなことも言っていた。
「ねえ、お父さん、おばあちゃんがどこかに庭をつくってたって、知ってる?」
 昼食がいっしょになった父に、つぐみは訊いてみた。
「庭? うちには庭なんてないぞ」
「うん、別の場所によ。おばあちゃんの親戚の土地とかは?」
「親戚はもう、こっちにはいないはずだ。土地だけあるなら借りられるかもしれないが、聞いたことがないな」
 やはり、息子である父も知らないようだ。
「メアリさんとおばあちゃん、ふたりだけの秘密の庭があったのかもしれないの」
 父は、驚きもせずにうなずいた。
「ああ、だとしても不思議はないよ。メアリさんと母さんには、とくべつな結びつきがあったからな。メアリさんに出会ったころは、父さんが亡くなって間もなくで、母さんは途方に暮れてたらしいけど、メアリさんとの縁ができて、帰る場所をつくってあげたいって、“ホテルのはな”を自分で続ける決意をしたらしい」
 親子丼を食べる手を止めて、父は言う。
「僕はもともと、ホテルをやる気はなかったんだ。就職して、やりがいを感じてたころだったからな」
「でも、結局継いだんだね」
 昔のことを思い出しているのか、しばし黙ったまま、父はごはんを口へ運んでいたが、また丼を置くと、ゆっくり話し出した。
「そうだなあ。あるとき、このプリン色のビルが、くすんで悲しそうに見えてな。建物が古くなってきてたんだが、このままじゃ、プリンがプリンじゃなくなる、子供のころから、僕の家はプリンのビルってのが自慢でさ、プリンってこう、新しくておしゃれな食べ物ってイメージだったし、それが自分の根っこにあって、誇りだから、なくせないって思えたんだ」
 父は、ビルの見栄えには気を使っていて、塗装工事には手を抜かない。だから今も、おいしそうなプリン色の外観を、“ホテルのはな”は保っている。
「メアリさんも、この建物を気に入ってくれていたよ。プディングのホテルだからみんなに愛されるんだって言ってな。あの人、プリンを絶対にプディングって言うんだよな。英語が話せるわけでもなかったけど」
 メアリさんらしくて、つぐみの頬もゆるむ。
「プリンって、正確にはカスタード・プディングのことだもんね。でも英語のプディングは、プリンとはかなり違ったお菓子だし、イギリスでは広くデザートって意味でも使われるみたい。素材や調理法が違ってても、焼いたのも蒸したのも、みんなプディングなんだって」
「へえ、そうか。だったら母さんが、お客さんにいろんなお菓子を配ってたのは意味があったのかな」
 プリンのホテルで、プディングのおまけがもらえたのだ。
「お菓子づくりは、もともと母さんの趣味で、メアリさんに教えたんだそうだ。メアリさんにせがまれて、子供向けの本に出てくるお菓子とか、ふたりで色々と調べてつくってたみたいだ。そういやメアリさんは、英米の児童文学が好きだったらしいな。母さんも、メアリさんにもらった本がなつかしくて楽しいんだって、何度も読んでた」
「え、それ、なんていう本?」