からす麦の花咲く【5】
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前回のあらすじ
メアリさんの夢見たお茶会を実現させたいつぐみ。蒼と友にミニブタのムシャムシャが行く道をついて行った先には『秘密の花園』のごとき小さな庭があった。木のうろの中に祖母に宛てたメアリさんの手紙を発見する。

*
オーツケーキをつくらないか、とつぐみから連絡があった。千枝はケーキのことよりも、つぐみがメアリさんの庭を見つけたかどうかが気になって、仕事が終わると同時に、野花家の住居に駆け込む。
「千枝さんのおばあさんにも、食べてもらえるかな」
つぐみは、調理台に置いた『秘密の花園』に目をやり、期待感いっぱいに微笑むが、千枝は戸惑う。祖母をまた、がっかりさせるのではないだろうか。
「でも、祖母の言うオーツケーキは、たぶんオーツケーキとは別のもので……」
「ううん、オーツケーキで間違いないと思うの。たぶん、おばあさんの好きなオーツケーキを、メアリさんは『秘密の花園』に出てくる“大麦で焼いた菓子”と同じものだと考えて、レシピを書いて本をお店に置いたんじゃないかな」
つぐみは、メアリさんが書いたレシピを開き、丁寧に折りじわをのばす。
「このレシピ、よく読むとドライイーストを使ってるの。ビスケットふうのオーツケーキなら使わないし、材料も手順も微妙に違うから、この通りにつくったら、パンみたいなものになるはず」
「本当? それでも、オーツケーキっていうの?」
半信半疑の千枝に、つぐみは、オーツ麦の粉が入った袋を手渡す。早速、必要な材料を順番に並べながら、彼女は言う。
「オーツケーキって、スコットランドのものが有名になってて、それがビスケットタイプなんだ。でも『秘密の花園』の舞台は、ヨークシャーだよね。ましま堂のワールド祭で販売したパンに、“ヨークシャーふうパンケーキ”っていうものがあったの。材料を見たら、オーツ麦で。以前に、千枝さんのおばあさんが買ったのは、それなんじゃないかと思うんだ。ワールド祭のときにだけ売ってたのがそれだから」
ヨークシャー、という地名を、千枝は最近知った。
「『秘密の花園』、読んでみたよ。ヨークシャーっていうイギリスの地方が舞台なんだね。同じ名前でも違う食べ物って、桜餅が東西で違うお菓子みたいな?」
「ああそう、そうかも。オーツケーキも、地域によってちょっとずつ違うみたい。ソフトなパンケーキみたいなのや、クレープみたいな薄いものとか、平たく焼いたのを乾燥させて、スープに入れて食べるものとかね」
メアリさんは、祖母のためにオーツケーキをつくってくれると言っていたらしい。祖母が気に入ったのは、ヨークシャーふうだと気づいていて、『秘密の花園』を置いていったのだ。そうして、あの庭へ招待してくれるはずだった。祖父も、庭が荒れていく前に、祖母に見せたいと思ったけれど、メアリさん亡き今、オーツケーキがなければ連れていけないように感じていた。
でも、ここにはレシピがある。メアリさんの思いがこもったオーツケーキが、きっとできる。
「これがオーツの粉かあ……。パッケージの写真だと、平たく押した実は大麦に似てるかもね」
「うん、翻訳っておもしろいね。あ、あと全粒粉も混ぜるから計ってね」
「はーい」
千枝はそもそも、料理は不得手なほうだったが、今は義母に教わりながら、だんだん楽しくなってきているところだ。つぐみとのはじめての作業も、ふだんの料理とは違う手順が不思議でおもしろい。ドライイーストを入れて発酵させ、生地が泡立ち膨らんでくるのを眺めていると、祖母によろこんでもらいたいという思いも膨らむ。
「食べ物の力ってすごいな。潔子おばあさんのお菓子が、メアリさんに生きる力を与えたんだろうし、『秘密の花園』でも、子供たちを育てる力になってるもんね」
「おばあちゃんも、メアリさんに救われて、このホテルをひとりで続けようって決心したみたい」
「えっ、じゃあメアリさんがいなかったら、あたしもここで働けなかったわけ? うわー、感謝しなきゃ」