■1-7 どちらかというと恐怖される側
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前回のあらすじ
ひいばあちゃんの女学校時代の友達(自称)の霊媒師・鵜沼ハルの仕事を手伝うことになった豊は、「じゃあ、これ持っててもらえる?」と言って、オレンジ色の浮き輪を渡された。
■1-7 どちらかというと恐怖される側
喫茶モダンを出たタクシーはほんの数分先で停まった。住宅地から少し離れた川の堤防だった。
ハルさんは黒い傘を差して、堤防の階段を登っていく。俺も紙袋を持ってその後を追うと、見慣れた二級河川が視界に広がる。水は上流の土を削って茶色に染まっている。
堤防の上でしばらく川を見つめた後、ハルさんは何かを探すように川沿いに歩き出した。
その川は中学の通学路でもあり、どちらかというと「懐かしい」に分類される景色だった。酒屋だったはずの店がコンビニになったり、見覚えのない新築が建ったりと、些末な変化はあるものの、おおむね記憶しているとおりの姿だ。
だからこそ、霊媒師の仕事で連れてこられたのがこの場所というのは、ずいぶん違和感があった。怪談好きのクラスメイトの間でさえ、ここで幽霊が出るなんて話は、聞いたことがなかったからだ。
むしろ頻繁に注意されていたのは、
「増水時に川遊びに行かないように」
ということだった。そういうリアルな印象が強すぎて、オカルトの漂う余白がなかったのだ。
本当に、こんなところに霊がいるのだろうか。
いや、この言い方は正確ではない。こんなところに霊がいると、この人は思っているのだろうか。
「霊と対話するには、まず、霊を安心させてあげる必要があるの」
と、ハルさんは唐突に語りだした。
「安心?」
「ええ。大抵の霊は、なにかに恐怖しているから」
「霊って、どちらかというと、恐怖される側というイメージですが」
返事はなかった。傘を叩く雨音のせいで、声が聞こえづらいのかもしれなかった。
浮き輪の入った紙袋を濡らさないように傘を前倒しにしたので、背負ったリュックが濡れていくのが音でわかった。
レジャー用のビニール浮き輪ではなく、救命用具として使われる、オレンジ色に白のストライプが四本入ったものだ。中はプラスチック発泡体なので、表面に傷がついても問題なく使える。長く太いロープもついていて、袋の重量はほとんどそっちのせいだった。
「豊くんは、死ぬことは怖い?」
「え?」
傘を持ったまま振り向いて、俺の顔を見てもう一度言った。