「豊はやらねえの? 金はあんだろ」
「ゲーム苦手なんだよ。難しいから」
「お前、勉強できるくせになんでこんなのがわかんねえんだよ」
「いや、ゲームって作る側がわざと難しくしてるだろ、すぐ解けないように」
…? ああ」
「だから難しくて無理」
「なんでだよ?」
「いや、当たり前のこと言ってるだろ?」
 西田は黙り、俺も黙って YouTube で液体燃料ロケットの解説動画を見続けた。なんとなく同じ部屋にはいるものの、小学生の時のように一緒に遊ぶことはほとんどなくなっていた。俺は「ゲーム機を持っていない高校生」がどういう遊びをすればいいのかわからないでいた。
 母さんと父さんはこの幼馴染の来訪を歓迎していた。息子に友達がいるという事実は両親を安心させるらしかった。夕飯食べてくかい? と父さんがいうと、西田は気まずそうに目を伏せて、お邪魔しましたと家を出て、もう日が暮れているのに、4軒離れた自分の家とは反対のほうに歩いていくのが見えた。
「そういえば聞いたんだけど、世紀せいきくん(西田)のお母さん再婚するかもだって」
 と母さんが夕飯を食べながらつぶやいた。
「ふーん。知らなかった」
 と煮物のレンコンをつまんだ。親の話をするような歳でもなかったが、親の方にはなんとなくの連絡網があるらしかった。
「そうか、それで最近よくうちに来るんだね」
 父さんの言葉に母さんが頷いた。え? なんで? と俺はふたりの顔を見ると、母さんがはあ、と息をついた。
「お前の親、再婚するんだって?」
 と聞いたのは翌週のことで、相変わらず西田は一人でゲームをしていた。
「さあ。それっぽいこと言ってるけど、俺が家にいる間はしないんじゃないの」
「なんで?」
「邪魔だろうし」
 西田がぽつりと言葉を漏らして、どっちがどっちを邪魔にするのだろう、と俺は考えた。17歳の少年に父親ができるということも、そもそも父親がいないということも、俺にはイメージできなかった。俺の両親は、2人セットでこの地球に発生したと言われても納得できるような2人だった。どちらかが先に死ぬということさえうまく想像できない。
「家、出るのか?」
「出てった方がいいんだろうけどさ、俺はお前みたいに勉強できるわけでもないし、やりたいこととか別にないし」
「まあ、お前は21世紀生まれだからな」
 と俺は笑った。西田は笑わなかった。そういえばこの「持ちネタ」を西田はすっかり使わなくなっていたな、ということにその時気づいた。
 しばらく2人とも黙った。西陽が窓から入ってきて、ディスプレイがうまく見えなくなった。カーテンを閉めて机に戻った。
「前から思ってたんだけどさ、豊」
 背後から西田の声が聞こえた。俺はイヤホンを右耳だけ外して答えた。
「んー?」
「お前、俺のこと見下してるよな?」
「は?」
 俺は左耳のイヤホンも外した。
「わざわざ俺のことバカにしたくて、同じ高校に来たんだろ?」
「は? そんなわけねーだろ」
 言っている意味がわからなかった。少なくとも俺にとっての西田は、Eテレの幼児番組で仲良く踊っている動物たちのような「なかよし」だと、この時点まで全く疑ったことがなかったからだ。
「お前ってさあ…」
 何か言おうとして黙り、乱暴に充電器を引っこ抜いて、自分のバッグに詰め込んで、
「お前って、人の気持ちがわかんねえやつだよな」
 と言って階段を降りて行った。
 玄関の閉まる音が聞こえても、俺はしばらく椅子から動けずにいた。
 それ以来西田がうちに来ることはなくなった。

(つづく)