■3-2 理解はかえって納得を遠ざけることもある

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

更新

前回のあらすじ

「もしかしたら失礼な質問になるかもしれないけど、どうしてハルさんは、あんなに外見が若いんだ? どう見ても、40歳くらいにしか見えない」「え?」「母は、説明をしなかったのですか? 鵜沼ハルという霊媒師について」

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■3-2 理解はかえって納得を遠ざけることもある

 市立病院の一室に俺は座っている。ベッドにはひとりの入院患者が眠っている。この病人は霊媒師・鵜沼うぬまハルであり、俺のバイトの雇い主だ。彼女は御年100歳のはずなのに、なぜか外見が40歳にしか見えない。そして隣の隣に座る女子高生は、ハルの娘・鵜沼サクラである。
 …というのが、俺が病室に入った時点での理解だった。だが、その理解がずいぶん根本的なところから間違っているらしい、というのがここ数分で明らかになっていた。地球が動くとガリレオに聞かされた教会は、おそらく今の俺みたいな気分だったのだろう。
 どういうことなのか。ちゃんと説明したいが、俺もすでによくわからなくなってきている。
「いくつか確認したいことがあるんだけど」
 そう尋ねるとサクラははいと頷いた。俺の知る社会常識を何点か破るが仕方がない。とにかく具体的で確固たる事実がほしかった。俺の認識がどこからズレているのか、その位置を特定しなければならない。
「まず、鵜沼サクラさん」いったん深呼吸。「あなたは、いま、何歳なんだ?」
 女性に年齢を尋ねるべきではないのだが、高校生であることが明らかになっている現状では、大きな問題はあるまい。
…私ですか?」サクラは不思議そうな顔をして答えた。「17歳です。高2です」
 OK。ここは間違っていない。ここが間違っているとさすがに困る。整理しよう。鵜沼ハルは30年前に死亡している。鵜沼サクラは17歳である。死後13年が経過した人間は、母親になれない。よって、
「つまり、鵜沼ハルとあなたの母親は、別人である」
「え? そうですよ。当たり前じゃないですか」
 サクラは小馬鹿にしたような目で俺を見た。知っている側からすればそうなのだろうが、その「当たり前」をちゃんと共有しないゆえに現状に至ったのだから仕方がない。そして次だ。
「そして、俺がバイトをしていた相手は、鵜沼ハルを名乗る別人である」
「いえ、鵜沼ハルですよ」
…そうなの?」
「さっきから何を言っているんですか? 谷原たにはらさんがバイトをしていたのは、鵜沼ハルの霊ですよね? 母からそう聞いていましたが」
 ああ、なるほど。それもOKだ。この人と俺は基本のルールが違う。
 まず俺のルールに基づいて考えよう。使い慣れない他人のルールを自分の頭で回すよりは、そのほうが効率がいい。
 幽霊というのは、いない。これが俺の大前提だ。
 ただ「幽霊はいる」と思い込んでいる人がいるだけだ。
 そして、鵜沼ハルは死んでいる。これは年齢から考えても自然で、おそらく富子とみこばあちゃんの結婚写真に写っていた鵜沼ハルが、かつて実在した霊媒師・鵜沼ハルその人である。
 しかし俺がバイトをしていた中年女性は、「鵜沼ハル」を名乗っており、かつ、嘘をつける種類の人間ではない。つまり「自分を鵜沼ハルだと思い込んでいる人物」である。そしてそれが、鵜沼サクラの母、である。
 このあいだの電話で俺が『ハルさんは今どちらに』と聞いた時に、サクラは『母はいま市立病院に搬送されています』と答えた。だからこそ俺は『ハル』と『母』が同一人物だと考えた。だが、それはサクラにとっては、つまり幽霊を信じる側の目線からすれば、不可解な勘違いであった。
 つまり、ハルさんと「母」は別人だが、「母」の居場所がそのままハルさんの居場所になる。それはサクラにとって、説明するまでもないことなのだ。
 それはなぜか?
 ここで高野たかのさんから聞いた情報が使える。ハルさんはずっと「霊媒師」を名乗っていた。本来「霊媒師」とは、自分の体に死者の霊を宿し、死者の言葉を語る職業である。
 ということは、ハルさんが「慰霊」と称して行っていた、誰も居ない空間に向かって話しかける行為は「霊媒」ではない。
 つまり、ハルさんはそれとは別に「霊媒」を行っていたはずである。
 そしてサクラの話によると、鵜沼家の女性は代々が霊媒師である。つまりサクラの母も霊媒師だ。年齢を考えると、ハルさんの孫といったところだろう。
 以上。まとまった。
 まったく腑に落ちない結論だが、ひとまず与えられた情報を総合すると、こういうことになる。
「鵜沼ハルは、100年前に生まれ、30年前に死亡した霊媒師である。あなたの母親は、鵜沼ハルの孫であり、今そこで眠っている女性である。彼女は霊媒師として、祖母であるハルの霊を体に宿し、慰霊活動をしている。俺は、そのバイトである」
 と俺は頭のなかで作文したテキストを読み上げた。国語の論述問題に答えている気分だった。どれだけ本文の内容が腑に落ちなくても、それを正確に読み解かなければ試験に通らない。
…で、合ってるよね?」
「ええ。そうですよ」
 サクラはそう言ってかすかに笑った。
「よかった。ちゃんと説明があったのですね。ふたりともいい加減なところがあるので、不安だったのですが」