■3-5 平面を見るだけでは気づかない視点
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前回のあらすじ
土砂の中から出てきた泥だらけのヨックモックの缶、これは小学生のときに俺が西田にあげたものだ。四つ折りにされていたB罫ノートを、俺は自分に可能なかぎり丁寧に開いた。そこには――。

■3-5 平面を見るだけでは気づかない視点
それは地図だった。
そして、それは地図でしかなかった。俺と埋蔵金を探しまわった範囲が、西田の手によって鉛筆書きでまとめられたものだった。
なんだよ、というのが最初に出た感想だった。もしかしたら西田が埋めたタイムカプセルかもしれない、という俺の期待はあっさりと外れた。あの斜面に俺宛ての手紙でも残していて、それが7年越しに見つかることで、途絶えた俺たちの友情が再生する……というような、感動的なストーリーを少しだけ期待していたが、そもそも現実の男子小学生というのは、友達と手紙のやりとりをするような生物ではないのだ。
その地図はかなり手が込んでいた。当時俺たちが調査した範囲について道路図を引いたあと、建物ひとつひとつを小さな四角で書いて、「よく10円入ってる自はん機」「ずっとある水たまり」「おばけやしき」といったメモが添えられていた。お化け屋敷というのは確か、近所にあったゴミ屋敷のあだ名だ。高2のときに取り壊されて今は更地だ。
その情報量を見るに、突発的な思いつきの産物ではない、というのはわかった。おそらく1か月とか、そのくらいの時間をかけて描かれたものだ。
その地図をひととおり見て、俺の中に浮かんだ疑問はふたつあった。
第一に、埋蔵金探しの地図なら、俺がもっと正確で詳細な記録を作っていたんだから、それをコピーすれば済んだのに、ということだ。
実際のところ、この手の作業は俺のほうが上手い。西田の地図は縮尺がところどころ歪んでおり、東側に比べて西側の家が小さすぎるなど、町全体がひどく不均一になっている。
俺が歩数をもとに距離を概算し、それをもとに地図を作ったのに比べて、西田のそれはかなりの部分が感覚で描かれているのだ。坂道や、舗装がなくて歩きにくい道は、実際よりも長くなっているのがその証拠だ。
第二に、なぜ西田はこの地図を斜面に埋めていたのだろう。俺は自分の地図を2階の倉庫(と俺が呼んでいる部屋)に保管して、ことあるごとにアルバム感覚で見返している。西田も自分の家に置いてしかるべきだし、不要になったのなら可燃ゴミにでも捨てればいい。
西田はこの地図を、誰かから隠す必要があったのか?
これは埋蔵金探しの地図なのだから、第三者に見つかると、自分たちの宝が奪われる可能性がある、と想像したのかもしれない。もちろんこんな地図から埋蔵金を見つけられるはずもない。ただそれは大人の感覚であって、小学生の感覚で言えば、これは埋蔵金につながる重大な手がかりなのだ。
具体的に誰が奪うのかはまったく思いつかなかったが、そういう妄想にかられて地図を隠すというのは、小学生の思考回路としてはいかにもありそうなものだった。
そのまま縁側に寝そべっていると、太陽を覆った小さな雲がすっと動いた。夏の空気が台風によって押し流され、低くなった日差しが容赦なく顔面に降り注いできた。思わず地図で顔を覆うと、ふと妙なことに気づいた。
光の透過が不均一なのだ。紙の一部分が少しだけ、他よりも不透明になっている。
色鉛筆か、とすぐに気づいた。紙全体が黄ばんでいるせいで気づかなかったが、地図のかなり広い範囲にわたって、黄色い鉛筆が塗りたくられているのがわかった。丘のまわりと、川沿いと、あといくつかの場所に。普通の鉛筆で斜線を引いたあと、そこに黄色の色鉛筆を重ね塗りしているようだった。
塗り方はずいぶん不規則だった。丘は丘の形どおりに黄色く塗られていたが、川沿いのほうはきちんと川に沿っておらず、うねうねとした波線になっていた。ふと当時の担任教師が「はいここ大事だから、教科書に赤で線引きなさい」「こっちは青の波線ね」と独自のマーキング記法を指定していたことを思い出した。
あらためて全面を詳細に眺めたが、黄色以外の色鉛筆が使われた様子はなかった。せっかく作った地図だからカラフルに仕上げよう、と思ったわけではなさそうだった。
これはどういう意味なのだろう。俺は縁側に座り直して考えた。
まず、この地図は書きかけではない。もともとあった下書きを清書したものだ。紙に消しゴムの跡は全くない。西田がこの規模の地図を一発描きしたというのはありえない。
つまり、西田は何らかの明確な意図をもって、地図の一部を黄色と黒で塗ったのだ。
黄色と黒?
そうか、と俺は膝を叩いた。これは警告色だ。鉛筆の線が細すぎてそう見えないだけで、踏切とかに使われる黄色と黒のストライプだ。あいつは画用紙に秘密基地(空想)の絵を描くときも、武器を格納する倉庫には必ずこの警告色を描くやつだった。
その瞬間、この不規則な黄色が何を意味しているのかがわかった。斜面だ。