■3-8 たいていの儀式が茶番になってしまう

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

中2の夏、クラスで突発的に「怪談会」が始まったことがある。当時の俺は、中学生特有の細かい機微まで理解することはなく、単に「幽霊を否定すると面白い」というふうに解釈した。店にハルさんが現れたのは、15分後だった。

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■3-8 たいていの儀式が茶番になってしまう

 ハルさんが慰霊をする際、俺のほうにも色々な準備がある。
 というか、俺の仕事は全て準備だ。慰霊が始まったらやることはない。だから、たいていは事前に「どういう幽霊なのか」「なぜ死んだのか」といったことを説明してもらう。
「住んでいたお家を、追い出されちゃったのよ」
 電話口でハルさんはそう言った。知り合いの噂話をするみたいに。
「それって、いつ頃の話ですか?」
「つい最近のことよ。えっと、確か…62年頃だったわ」
 ふむ、と俺はうなずいた。ハルさんが具体的な年を言うのは珍しいが、言うときは原則として昭和を指す。すなわち1987年。一般的な感覚では「つい最近」ではないが、戦時中に行われた建物疎開とかを想像していた俺からすれば確かに「つい最近」の部類だ。
「昭和62年、追い出された…ああ、もしかして、地上げの話ですか」
 1987年といえばちょうどバブル景気が始まった頃だ。こんな相続放棄地だらけの地方では想像しづらいが、当時は「土地」と名のついたものはだいたい価格が高騰していたという。
 そうなれば当然、相応の反社会的勢力も現れる。一応の法律的な手続きは踏んだのだろうが、住んでいた側の体感としては「追い出された」なのだろう。
「ええ。それで奥さんが娘さんを連れて実家に帰っちゃって。その人はそれからすぐに亡くなっちゃったんだけど、今も家族で住んでいた家に、残って、、、いるのよ」
 土地を追い出されることと、一家が離散することのつながりがわからなかったが、
「で、今回は俺は何をするんですか?」
 と尋ねた。左手でスマホを持ちながら、右手でパソコンに話の要点をメモしていった。
「ええ。亡くなった森川もりかわさんは、娘さんと話がしたいはずなの。今は東京に住んでるみたいなんだけど」
「ということは、娘さんを見つけろ、ってことですか」
 そんな探偵みたいなことができるのか、という考えは次の一言であっさり外された。
「ううん。その人とは連絡はついてるわ。今回の話は、その娘さんに頼まれたの」
 頼まれた? と口から出かかった言葉を止めた。ハルさんが慰霊を頼む人間について言及したのは初めてだった。ただ、それを深く追求するのは控えたほうがよさそうだった。ハルさん自身は「雇い主」の話題を避けたいはずだ。
「だからゆたかくんには、森川さんが娘さんと話せるような道具立てをしてほしいの」
「はい。わかりました。では、そういう方向で準備してみます」
 と言い、細かい時間を決めて電話を終えた。
 自分もハルさんとの会話がうまくなったな、という妙な成長感があった。応用例のなさそうなスキルではあるが。
 ハルさんの話の要領を掴むには、まず時代を特定することだ。この2019年現在において、ひとりだけ妙な時系列で生きているので、時間を誤解すると思わぬ混乱を招くのだ。