■3-13 選択次第で助けられるはずだった人

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

俺はいつ、どこで、埋蔵金の話を知ったのか。目を閉じ、深呼吸をしながら、左手の指でCtrlキーとFキーを押す動作をした。『今野さんに頼んで、霊媒師の方を紹介してもらったのよ』

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■3-13 選択次第で助けられるはずだった人

 キッチンテーブルに置かれていた柿をむいて朝食代わりにふたつ食べ、それから大学に向かった。
 異様な眠気に襲われたのは、昼前の2限の講義中だった。
 もちろん眠くなるような講義はたくさんあるが、その時は英語ライティングの授業で、俺が提出した1ページの英文を教官が講評する、まさにその最中だった。どう考えても眠くなるタイミングではない。
 20人くらいの教室で中年女性の教官が「次は学籍番号S19071番の谷原たにはらさんですね。彼の文章は構成がよくできていて、論点がきれいにまとまっていますが、文法に不安なところ多いですね。定冠詞 the の使い方が…」と言い始めたあたりで、急に教室全体の空気が薄くなったかのように意識が薄らいだのだった。
 教官の講評をどうにか聞き終えると、スマホを取り出して、緊急連絡がきたような顔で教室を出た。すでに講義時間も終わりに近く、途中退出してもとやかく言われる時間ではなかった。芝生にあるベンチで座ったまま少し眠った。目を覚ますと30分が過ぎていて、眠気は嘘のように消えていた。
 柿ふたつで朝食を済ませるような横着が悪かったのだろうか、と思いながら、生協でマウントレーニアのコーヒーを買って飲み、それから午後の講義に向かった。
 数日後、夕飯を食べたあとにLINEが届いた。サクラからの連絡だった。
「突然すみません。今週の月曜に、体調を崩されたりしませんでしたか?」
 と書かれていた。
「このところ体調は崩していないけど」
 反射的にそう返信し、それから月曜の異常な眠気を思い出したが、わざわざ言うべきことでもないなと思った。
「実は、谷原さんに謝らないといけないことがありまして、いまお時間大丈夫でしょうか?」
 そのようにしてサクラは電話をかけてきた。俺は家族のいるリビングを離れて、2階の自室へ向かった。
「謝るって、ハルさんに何かあったの?」
 と第一声で聞くと、
「いえ、ハルは関係ないのですが」
 とサクラの声が聞こえた。はて、と俺は思った。ハルさんの関係しないことで、サクラが俺に謝ることがあるとは思えなかった。
「月曜に高校の中間試験がありまして…その、数学のテストがあまりに難しかったものですから、谷原さんの霊をお借りすることにしたんです」
…ええと?」
 と俺は曖昧な声を出した。
「俺の、霊を借りて、試験を受けた、ってこと?」
「はい。生きている方の霊をお借りする場合は、事前に本人の了承を得るのが決まりなのですが…」
 と言いながらサクラは口ごもった。いつもの年齢不相応にはっきりした物言いと違い、母親に怒られた子供のような声だった。実際に母親にそう怒られたのかもしれない。
「それで、試験は上手くいったのか?」
「はい。おかげでクラスで3位でした。ありがとうございます」
 ふむ、と俺は頷いた。彼女のふだんの成績を知らないが、少なくとも、俺の知識や人格がそっくり彼女の中にコピーできたわけではないようだ。もしそんなことができたら、高校の定期試験くらいで3位のはずがない。
 サクラが言っているのは、そういう自己暗示をした、ということなのだろう。人間の能力はかなりの部分が思い込みに基づくので、自分以外の誰かになりきって行動すれば、その人の能力がある程度受け継げるはずだ。VRでアインシュタインのアバターを使えば成績が上がる、なんて話も読んだことがある。