■3-14 久しぶりに連絡してくるやつはだいたい詐欺

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

「私が鵜沼ハルの霊を継がないということは、彼女はそこで死ぬということです。あなたも知っている一人の人物を、この世界から永遠に消してしまう…私は、私の選択次第で助けられる人を、死なせることになるんです」

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■3-14 久しぶりに連絡してくるやつはだいたい詐欺

 サクラが四代目を継がなければ、ハルさんの霊はこの世から消える。彼女の観点で言うならば、それはハルさんを「死なせる」ということだ。そのことをサクラは負担に感じている。 
 …俺には理解できない感情だ。生物学的および戸籍法的な事実を言えば、鵜沼うぬまハルはサクラが生まれるずっと前に死んでいる。彼女の悩みはつまるところ、三代続いた「鵜沼ハル」という名の伝統芸を、自分の代で潰していいのかという話である。確かに悩ましいことではあるが、世界中のあちこちで起きている後継者問題であって、家族を見殺しにするのに比べると、倫理的な許容度がまったく違う。 
 LINE通話を終えた俺は、暗い部屋でじっと窓の外を見つめていた。住宅地の明かりがぽつぽつとともり始めた頃だった。 
「まあ、俺がやった方がいいよな」 
 とつぶやいて、すっと椅子から立ち上がり、電気をつけてまた座った。 
 ハルさんの「仕事」を終わらせるのは、サクラではなく俺であるべきなのだ。幽霊の概念を理解しない俺がその役割を担うことで、サクラの負担をいくばくかは肩代わりできるはずだ。 
 相互理解は必ずしも正義ではない。理解できないからこそできることがある。 

 スマートフォンの戻るボタンをひとつ押し、LINEのトーク一覧に戻った。サクラの名前の下には、母親、LINEニュース、大学の友達、大学のグループチャット、高野たかのさん、ヤマト運輸、父親、高校の友達、中学の友達、郵便局、といった面々が並んでいる。 
 その下に沈んでいたのが「西田世紀」だった。 
 最後に連絡をしたのは去年の5月。高3の春のことだ。向こうから「明日いっていいか」と来ている。これは家に行っていいかという意味だ。俺は返事もしていない。返事がなければ来ていい、という意味だ。 
 俺たちの間には、そういう暗黙の了解がいくつもあった。いくつもあったはずなのに、なぜか必要な理解が足りていなかった。 
 入力画面をタップして、 
「久しぶり。ちょっと話したいことがあるんだが」 
 と書いてから、送信するかどうかを10分ほど考えた。それから最初の5文字を削り、 
「ちょっと話したいことがあるんだが」 
 にした。「久しぶり」なんて書いてしまうと、俺たちの間に長い断絶があったことを強調することになってしまう。そんなことは忘れて、さも高校時代の話の続きをするかのような体で話しかければ、失った1年半ほどの時間をなかったことにできるような気がした。 
 それから送信ボタンに指を伸ばして、いや違うな、と手を止めた。それほどの断絶があったのは、おそらく俺のほうに何かしらの原因があるはずなのだ。それを「なかったこと」にするというのは、ひどく不誠実な行為に思えた。 
 そもそも1年以上連絡を絶っていた人間がいきなり「話したい」と言ってくるとして、それが良い知らせである状況があまり想像できなかった。そういうのはたいていは詐欺か宗教の勧誘であるから注意せよ、ということを大学のガイダンスで言われた。 
 となると、初手で「何の話なのか」をきちんと説明しなければならない。 
 スマホを伏せてパソコンを開いた。Word を起動して、大学入学から現在に至る経緯、鵜沼ハルと名乗る霊媒師との出会いと彼女との仕事、「喫茶モダン」の店主・今野こんの氏について、それを踏まえて今回俺が西田に連絡を入れた理由、といったことを簡潔に書いていった。 
 あらためて綴ってみると、随分とおかしな世界に足を突っ込んでしまったものだ。 
 2時間かけてA45枚ほどのレポート文がまとまった。ひととおりの文章を見直して、俺は馬鹿なのか、と思った。 
 Word ファイルをすべて捨てて、LINEにひとことだけ書いた。それが適切かどうか考える前に送った。結局のところ、何から話すべきかは話さなければわからないのだ。 
「埋蔵金の場所がわかったかもしれない」 
 30分ほど待ったが既読はつかなかった。通知欄におさまらない程度に長い文にするべきだったか、と思いながら布団に入った。眠りに落ちる少し前に、あれじゃ詐欺の文面にしか見えないな、と気づいて少しだけ奥歯を噛み締めた。