■4-1 バカな方向に頭がいいのだから

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

「埋蔵金の場所がわかったかもしれない」 30分ほど待ったが既読はつかなかった。眠りに落ちる少し前に、あれじゃ詐欺の文面にしか見えないな、と気づいて少しだけ奥歯を噛み締めた。返信が来たのは翌朝だった。

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■4-1 バカな方向に頭がいいのだから

 結局その週の日曜に、西田にしだと会うことになった。
 その日曜が来てから家を出るまでの時間、俺はずっと約束をとりつけたことを後悔していた。急に体調を崩したとか何とか理由をつけて、ドタキャンしようかと何度も考えた。だが体はあきれるくらい健康そのもので、ただ精神だけが鉛みたいに重かった。
 短い秋をさっさと終わらせて冬を始めてしまおう、という容赦ない風が町を走り抜けていた。「喫茶モダン」に向かう方向がちょうど追い風で、重い足を無理やり押し出すようにごうごうと吹いていた。
 歩いている人間が追い風と認識できるくらいの追い風、なんてものは相当に珍しい。俺がここで西田に会うことは社会的に必要な行為である、ということを環境から強制されているようだった。
 約束の時間よりも30分早く「喫茶モダン」に着いた。店のガラスに映った俺は、前衛的なパーマをかけたような髪型をしていた。店主は俺のほうを見て、
「おや。今日はハルさんとは別の用かい?」
 と声をかけてきた。俺は今からこの店主の正体を探ってやろうという腹づもりなのだが、店主は微かに綻んだ顔をした。若者が自分から店に来た、という事実を少なからず嬉しく思っているようだった。
「はい。ちょっと友達と待ち合わせをしてまして」
 と答えると、店主は「微かに綻んだ顔」を確定的な笑みに変えた。大学生が友達と待ち合わせるという青春の舞台を自分が提供していることに、何かしらの承認を得ているのかもしれなかった。実際、俺も店主自身に用がなければ、たとえコーヒーが不自然に安くともここに来ようとは思わない。
 待ち合わせ時間を5分ほど過ぎて、西田からLINEがあった。
「場所わからん。多分近い」
 と書かれていた。俺が店を出ると、道路の反対側でスマホを片手にきょろきょろと周囲を見回す男の姿があった。見覚えのない茶髪をしていたが、髪以外はどれも見覚えのある西田だった。
「おい、こっちだ」
 と手を振ると、西田はすぐ近くの横断歩道を無視してこちらに渡ってきた。それから店の看板を一瞥いちべつした。くすんだガラスのはめ込まれた木製のドアに対して、いささか小さすぎる金属製のプレートで、どこかの国のどこかの時代に流行ったであろう書体で「modern」と書かれている。
「これ、店なのか?」
 俺がドアを開けると同時に西田はそう言った。
「俺も、人に連れてこられるまで店だと認識してなかった」
 と答えた。
 と、店主に聞こえないような声で言った。それ自体はたいして不自然なことではない。たとえ近所であっても、高校生にとってチェーン店でない喫茶店というのは視界に入るものではない。知らない人の住居と同じ枠に入ってしまう。
 西田は茶色い髪を何かで固めてあるらしく、俺と違ってちゃんと目的意識のある形にまとまっていた。その頭部が「高校を卒業した」と示すランプみたいになっていた。あとは少し太ったような気もしたし、少し痩せたような気もした。もともと俺はこいつを「標準」として周囲を認識していたせいで、こいつ自身の変化を認識するのが難しいのだ。
「何してたの?」
 と俺が尋ねると、西田はスマホに何かしらを入力してから、それをポケットに入れた。
「何も。実家でだらだらしてた」
「いや、ここ最近数か月、って意味」
「あー。言ってなかったか」
 当たり前だろ、と俺は言いたかったが、それが「当たり前」になるのが嫌だったので言わなかった。
「なんか大学ぜんぶ落ちたけど、ぜんぶつっても2校だけどさ、家を出たかったから予備校の寮に行かせてもらった」
 予備校の場所を聞くと、俺の通っている大学のすぐそばだった。
「普通に家から通える場所じゃん」
「ん。なんか新しい親? てか母親の再婚相手がさ、なんか結構金持ってるらしくて。浪人費用を出すって形にすれば、追い出す罪悪感も薄れるだろうから、追い出されてやった」
「ああ、再婚したんだっけ。じゃ、今は西田じゃないのか」
「いや西田だけど。なんか変えても変えなくてもいいらしくて、面倒めんどいからそのままにした。俺もうすぐ19だし」
 そうか、こいつはまだ18なのか。そう認識した途端「21世紀生まれだからな」という言葉がわいてきた。その後の会話もひとセットで浮かんできた。その途端、とっさにキュッと首が締まるような思いがして、
「つーかさ西田。お前にひとつ謝ろうと思ってたんだよ」
 と、絞り出すように声を出した。
「ん? 何」
「お前こないだ、俺にこう言ったろ。俺がお前のこと見下してるよな? って」
 と言うと、西田は少し目線を下にやった。思い出すときに下を見るのがこの男の癖だった。