Room721――おひとりさまの城【3】

雪国シルバーウイング

更新

前回のあらすじ

…あたし、最強に自由じゃん」。奈々子の瞳に、自分への独立祝いに購入したリゾートマンション「シルバーウイング越後石打」が映る。まぎれもない、奈々子の城だ。

illustration わみず
illustration わみず

 初等科時代の恒例だった七泊八日の厳しいスキー合宿や、スキーが好きだった父親に鍛えられたせいもあってか、三十年近いブランクがあるとは思えないほど、奈々子のスキー技術は衰えていない。昨年十二月のシーズンインの際、久々に板に乗ったときは、少し緊張したけれど、石打高原のメインバーンの緩斜面を一本滑り終えたときには、すっかり感覚を取り戻していた。三ヶ月近く経ったいまは、幼少期とほぼ同じか、それ以上の水準で滑れるようになっている。
 ゴンドラを降り、すぐ横の「石打第一高速クワッドリフト」を回し、右側の緩斜面から左側の急斜面にいたるまで四本滑り終えると、時刻は十一時を回っていた。スカイが「720」とか「バックサイドなんとか」だとかを練習している、さまざまなアイテムがあるテレインパークは、ゴンドラから少し離れたリフト沿いにある。スカイが昼の休憩に入ってしまう前に、一度様子を見に行こうと、奈々子はゆるい連絡コースを、ゆったりと滑り降りてゆく。今日の気温は二度だというのに、集中して数本滑ったせいか、スノージャケットの中はほんのりと汗ばんでいる。ヒートテック、着なくてもよかったな、と若干後悔しながら、奈々子はパーク方面へと進んでゆく。やがて目の前に、一昨年にオープンしたという「ホワイトベランダ」という透明なテントの中でお茶やカクテルを楽しみながらゲレンデを眺めることができる飲食店が見えて来る。そのすぐ真下が、キッカーというジャンプ台が四つと、ジブと呼ばれる手すりのようなアイテムがいくつも並ぶ、石打高原スキー場名物のテレインパーク「ホワイトスターパーク」になっている。
 パークに近づくほど、奈々子のような基礎スキーヤーの姿は減り、いかにもやんちゃな風情のスノーボーダーたちが目立って来る。先月、小さな大会があるとかで、スカイの母の美菜に「良かったら見に来てやってください」と言われて初めてパークに行ったときには、さすがに場違いな気がして気後れした。十メートル以上あるようなキッカーを飛びながらくるくる回転する姿や、小さな身体のスカイがキッカーから高々と宙を舞い、身体を捻って板を掴んでみせたりするトリックの数々に、ただただ圧倒された。まだ慣れた、とは言えないけれど、メインキッカー下のロッジのバルコニーであたたかい缶コーヒー(できればビールがいいけれど)を傾けながら、気心しれた同年代の美菜と一緒にスカイの繰り出すトリックの数々を見る分には、楽しいと思えるようになって来ている。
パークにたどり着くと、そこには多くのスノーボーダーがいた。
<上級者向け>という看板の横から見下ろすと、右側の小さなキッカーに向かって、スカイが滑り降りてゆくのが見える。邪魔にならないように気をつけつつ、奈々子はアイテムとアイテムの隙間を、注意しながら滑り降りてゆく。奈々子の右前に見えるキッカーを蹴り上げたスカイが、空中で綺麗に一回転する。奈々子は滑りを止めて、思わず「うわっ」と声を漏らす。ちょうど着地し終えたばかりのスカイが奈々子に気づき、
「あ! ななちゃーん!」
 と大きな声で手を振ってくる。
「今の見てた⁉ 俺の360スリー、完璧だったっしょ!」
 えっへん、と聞こえて来そうなほど得意満面で、スカイが奈々子にVサインをしてみせる。顔はバラクラバに覆われてしまっているけれど、目元の隙間から、スカイのやさしげで、素直な瞳のかがやきが見える。