Room101 & 721――そのたてがみがまぶしくて【2】

雪国シルバーウイング

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前回のあらすじ

瑛仁が明るくていいやつで、絡んで来るのに他意がないのもわかっている。ただ、声をかけられるたびに、あの夜の気まずさを思い出してしまい……。

illustration わみず
illustration わみず

 朝起きたときにはしんしんと降っていた雪が、いまは横殴りになっている。案の定気温は低くて、マンションを出て数歩進んだだけで、薄いバラクラバの下の頬がかじかんでくる。「シルバーウイング越後石打」からシャイニングエクスプレスの乗り場までは、徒歩で約五分だ。晴天の日には苦にならない道のりも、吹雪いていると遠く感じる。朝イチの段階では減速運転になっていたけれど、この風ではひょっとしたら運休になっているかもしれない。その場合、パークまで行くには、古いペアリフト二本とトリプルリフトの三本を乗り継がなくてはならない。
 マンションを出て、左へ二百メートルほど歩くと「シャイニングエクスプレスのりば」という青い看板が右手に見えて来る。レオと同じように春休みを楽しむ大学生たちが「さみー!」「やべえ」とはしゃぎながら、ボードを担いで乗り場のほうへ向かってゆくのが見える。
 リフト券売場の小屋の横で板を履き、ダメ元でゴンドラ方面へ向かうと、まさにちょうど運休になったようで、乗り場付近ではスキーヤーやスノーボーダーたちが右往左往している。とはいえ悪天候のせいもあってか、人影はそこまで多くない。
「えー、強風のためー、シャイニングエクスプレスはただいま運休となっておりまーす。山頂方面へ向かわれる方は石打高原第一ペアリフトをご利用くださーい! Ah, The Shining Express is suspended its service due to the weather condition……」
 と拡声器で日本語と英語で叫びながら客の誘導をしているトーイの姿が見える。普段はロングのブルゾンだけのトーイも、この天気とあっては両手のミトンにくわえて厚手のビーニー、そしてネックチューブにサングラスというフル装備だ。
「お、レオじゃん!」
 拡声器での案内を中断したトーイが、レオに声をかける。
「……やっぱ、この風じゃあ、運休っすよね。てか、トーイさん、英語もできるんすね。すげえ。かっけーな」
 大変な状況なのに不謹慎だとは思うけれど、つい本音が出てしまう。
「いやいや、こんなの場当たりで覚えただけの定型文のカタカナ英語だから! 今どきのリゾバはインチキでも英語できねーと務まんねーのよ!」
と謙遜しつつも、トーイは照れくさそうにしている。レオは、ひそかに「俺も英語がんばろ」とこころの裡で決意する。
「パークまで行くなら第一第二ペアとトリプルの乗り継ぎパターンっすよね?」
 こうして立ち話をしているあいだにも、トーイの同僚たちが「第一ペアはあちらになりまーす」と案内をしている。晴れている日には眩しいオレンジ色に光る一枚バーンのメインゲレンデは、今日はすっかりガスってしまい、上方部はまったく様子を窺うこともできない。
「そーだなー。乗り継ぎしかねーなー。でもさ、パークはほぼ確かくで貸し切り状態だぜ! ちょうどいま瑛仁が向かってんじゃねーかな。さすがにメインキッカーは開いてないだろうけど、ハイクアップのジブとポコジャンは開いてるからコソ練にはめっちゃ調子いいんじゃね?」
 そう言ってトーイは、笑ってみせる。いつもならば見えるはずの真っ白な歯が、今日はネックチューブに覆われてしまっていて見えないのがくやしい。
子どもみたいだと自分でも呆れるけれど、トーイの笑顔を見るだけで、胸が苦しくなるのに、一日を頑張れる。パークでトーイがトリックを褒めてくれた日は、明日はもっともっと頑張ろう、と素直に思える。ゴンドラは運休で天気も最悪だけれど、こうして朝イチにトーイに会えただけで、今日という一日のもとを取った気になれる程度には、レオはトーイが好きだ。決して、叶うことがない恋だとしても。
「わかりました。俺もちょうど瑛仁さんに訊きたいことあったし、パーク行ってみます」
「おう! 俺もどーせ運休だし、たぶん早上がりになるから、あとで顔出すよ!」
 レオの頭をヘルメット越しにやさしくぽんぽんと叩いたトーイは、ふたたび拡声器を手に「えー、強風のためゴンドラ運休でーす」と案内の仕事に戻った。