Lobby Lounge――白夜は更けてゆく【4】
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前回のあらすじ
「この歳になってさ、新しい未知のものに出会って、しかもそれを自分もやってみたいっていう衝動にかられるなんて夢にも思わなかった」夢をかなえようと奮闘するハヤトの姿に、奈々子の気持ちが動く。

「いいね。白夜君。なんか、ちゃんとアーティストの顔してるよ。あたしにできることであれば力になる。ただ、ご承知の通りウチは四十平米だしレオ君がいるから、物理的に厳しいの。瑛仁君のところも寮だから難しいでしょ?」
「え! 俺すか!? そうっすね……、俺の部屋は理事長とか管理人さんがOKなら話は別なんすけど、俺の一存で決めちゃうとヤバいことになるっすね……」
いきなり話を振られた瑛仁は、狼狽えながらも、自身が置かれている現状を正直に語る。「だよねー」と言って奈々子は、続いて美菜に向き直る。
「美菜さんのところは六十平米タイプで和室と洋室分かれてたよね? とはいえ旦那さんもスカイ君もいる身でホストの白夜君を短期間とはいえ居候させるなんて非現実的だよね?」
腕を組んだ美菜が「うーん、たしかに厳しいかもなあ」と唸る。さっきまでゲームに没頭していたというのに、白夜とすっかり意気投合したスカイが「ママ、俺このにーちゃんと一緒に住んでやってもいいよ!」と笑顔を見せる。白夜は「スカイくーん! まじありがとぉぉぉ!」と抱きつかんばかりの勢いだ。
「スカイ! これは大人同士の話だからあんたの気持ちの話じゃないっつーの! でね、あたしも話聞いて力になりたいとは思ってる。スカイもあたしも、いまは大好きなスノボに熱中できてるけど、それってすごい幸せなことなんだな、って白夜君の事情聞いて感謝の気持ち抱いたよ。スカイもいつのまにか白夜君に懐いてるし、たしかにウチは広めで部屋も余ってはいるの。白夜君も信頼できるひとだって思ってるよ。旦那も性格的には『いいじゃん!』とか言ってはくれるひとなんだけど……。たださ、ウチの旦那、不動産関係のせいか頼まれて今年からここの理事やってるでしょ? くだらないけど、リゾマンのなかの世間体みたいなのもあるみたいなのよね……」
「……すいません、あの!」
と言って、不意に手をあげたのはレオだった。
「お、レオ君、なんか妙案でも浮かんだ?」
奈々子が問いかける。
「いや、ちょっとした思いつきなんですけど……」
言い淀んでいるレオに対して、きびきびした口調とは裏腹に、やわらかな笑顔を浮かべて奈々子は、
「どんな意見でも言ってごらん? こういうときってさ、思いもしないことが案外建設的だったりするんだよ」
と、やさしく続きを促す。レオは、トーイと奈々子の顔を交互に見つつ、瑛仁にも目を向ける。やがて意を決したように口を開いた。
「その……。奈々子さんのところでお世話になっている身の俺がこんなこと言うのおかしいとは思うんすけど……。たしか瑛仁さんの働いてる地下のレンタルショップ、一人バイトのひと抜けちゃいましたよね? 人手不足なんじゃないかな、って。で、たとえばなんすけど……。俺がそのひとの後任のバイトに応募して採用されたら、寮になってる瑛仁さんの部屋に転がり込めたりしないかな、ってふと思いついたんです」
思いがけないレオのことばを耳にした瑛仁は、「え、どゆこと!?」と、文字通り目を丸くしている。
「この一時間、話を聞いて、白夜さんって見た目はチャラいけどすごい頑張って来た真面目なひとなんだってわかりました。それに奈々子さんとクラシックとか海外の話しているときの白夜さん、顔がキラキラしてたっす。奈々子さんも、なんか楽しそうでした。だから……。俺が短期間でもシルバーウイングのレンタルショップのリゾバに応募して、奈々子さんのところから出て行って……。瑛仁さんの部屋に転がり込むとして。そしたら俺の代わりに白夜さんが奈々子さんのところに居候できるじゃないすか。なんとなく、それがベストな気がするんです。俺は奈々子さんとの生活すごく楽しいけれど、せっかく大学生になったし、トーイさんや瑛仁さんみたいに、バイトして、自分で稼いでみたいんです。自分で稼いだ金で、俺がいま一番欲しい板買えたら嬉しいだろうなって」
レオはどこか不安そうではあるけれど声には確かな意思がこもっていて、しかも理路整然としている。奈々子が、一瞬息を呑んだあと、レオの顔を見据える。レオの成長を噛み締めているような表情だ。