第七回 こたえあわせ

ためすひと

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前回のあらすじ

3回の選択を間違えなければ、人生を変えることができるという「選択の小箱」。それを使って理想的な人生を送っていた雄三は、『前の人生』での妻が暴漢に襲われている場面に出くわすが、彼女を見捨てて逃げ去ってしまう。

 雄三は三回とも、正しい選択をした。そう確信していた。
 雄三は多幸感と共にレンゲで中華スープをすくい上げ、口に運んだ。
「それにしても本当に舞子ちゃんの料理は美味しいな」
「あなた、誰に話しかけているんです?」
 目の前に、知らない男がいた。
「お前…」
 瞳が輝いている。中に星がまたたいているようだった。
 久根ニコライ。
 そうだ、そんな名前だった。
 優し気で、ぞっとするような色気を持った男。
 レンゲを取り落とした、はずだった。
 何も持っていない。
 満漢全席のごとき中華料理も、豪華なテーブルも、目の前にいた、誰よりも美しい女でさえ。
 何もなかった。
「どうして」
 呻き声のような言葉がれた。
「どうして、ですか」
 久根はため息交じりに言った。
「きちんと説明したはずです。あなたはできなかった。変えられなかった。それだけです」
「ちゃんと正しく選んだじゃないか!」
 雄三は立ち上がった。勢いのまま、久根の胸ぐらを掴む。
「親父のことも、舞子に話しかけたことも…花梨のときだって! 俺は間違えなかった! 正しい選択を三回したんだ!」
 久根は顔色一つ変えず、雄三の手を振りほどいた。華奢な体格に比して力が強く、雄三は反動で椅子に押し戻された。
「いい加減にして下さい。一体何の話をしているんですか」
 久根は冷え冷えとした美貌で雄三を見つめた。
「まあ、お話を勘違いされているわけではないのは安心しました。まず一回目は雄三さん、あなたの進路のお話。あなたはお父上に反抗した。正解です。何もしなければ、あなたは元の人生と同じく、お父上に一生支配されていたことでしょう」
 久根はテーブルを指で叩いた。
「二回目は四方舞子さんとの出会いの話。これもまた、正解です。あなたは美貌、経済力、全てを持った女性を妻にできました。あのとき声をかけなければ、あなたは―まあ、どうでもいい話ですね」
 コツコツと、テーブルを叩く音だけが聞こえる。この部屋が明るいのか暗いのかも分からない。窓もない。ただ、久根の顔だけがはっきりと見える。
「三回目の話だ。あなたは間違えた」
「じゃあ、花梨を助ければよかったのか?」
 雄三は必死に言葉を紡いだ。
「花梨を助けるのが人として正しいって、そういうことか? でも、久根さん、あんた言ったよな? 選択して、捨てることになったもののことは考えるなって。だから、俺はっ」
 ふ、と空気が漏れるようなかすかな音がした。
「考えない方がいいとは、言いましたが、ふふ」
 それは徐々に大きくなっていく。
「はははは」
 久根が笑っている。
 尖った犬歯が見える。大爆笑だ。
「何を…」
 涙を流しながら久根は、
「すみません、おかしくて。だって、そもそも、そんなものは選択ではないですし」
「どういう、ことだ…」
「か弱い女性が暴漢に襲われていたら、普通の人だったらば助けるでしょう。助けるか助けないか、なんて悩む人は、まともじゃない。ゴミなんですよ。雄三さんみたいにね。元からそんなものは決まりきっています。そんなもの、選択ではない。三回目の選択はね…」
 久根はすみません、と言ってからまた大声で笑う。
 ひとしきり笑ってから、涙を拭いて雄三の目をじっと見つめた。
「三回目の選択は、中華か和食か、ですよ。あなた、中華を選んだでしょう。残念、大外れです」