三日目【17】 「まあ、頑張るよ」柿谷達彦は苦笑した。

タニンゴト

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前回のあらすじ

「元彼に付きまとわれている」という女の子を救うため、窃盗の手伝いをさせられるはめになった柿谷達彦。車が事故に遭った隙に逃げ出し、偶然双子の弟・克彦と合流する。警察に自首する前に被害者に謝るため、二人で窃盗に入った家に戻ったところ、家にいた老夫婦は心中しようとしていて―⁉

Photo/Tatsuro Hirose
Photo/Tatsuro Hirose

「あの人たち、どうするのかなあ」
 老夫婦の家を辞去してから、克彦かつひこが言った。二人は自転車を押して、商店街に向かって歩いていた。
「新しく住む場所、見付かるといいけどなあ」
「俺、手伝おうと思うんだ」
 柿谷かきたに達彦たつひこは言った。
「家探すのとか、引っ越しとか」
「俺も手伝うよ。役所とかにも相談してみようよ」
「ごめんな。お前にも迷惑かけて」
「もういいよ。だって兄貴はだまされただけなんだから。小川おがわさん…、じゃないか、ニセモノの小川さんを助けようと思ったんだろ? 仕方ないよ」
「きっとあの子にも事情があったんだと思う」
「兄貴はお人よしだよ」
 克彦は肩をすくめた。
「でも、そこがいいところなんだけどな」
 克彦がかすかに笑った。
 しばらくしてから柿谷達彦が訊ねた。
「さっき、なんであんなこと言ったんだよ」
「なに? あんなことって」
「兄貴がいないと、どうしたらいいか分からないなんて」
「だって本当のことだから。兄貴は迷惑かけてごめんって言うけど、いつも迷惑かけてんの、俺のほうだし」
「なに言ってんだよ」
 弟に迷惑をかけられたことは一度もない。もし弟がいなければ、劣等感もなく、今よりは多少は、楽な人生だったかもしれない。けれど、そちらの人生のほうが楽しかったかといえば、それは別の話だ。
「かけてるんだよ」
 克彦は珍しく陰鬱いんうつな調子で呟いた。
「親のことだって、そうだし」
「親?」
「父さんも母さんも、ずっと俺のことでめてただろう? どこの学校行かせるかとか、どんな習い事させるかとか。それでいつも最後にはケンカになって。母さんは俺のこと腫れ物扱いだし、父さんはどんどん機嫌悪くなるし。ずっと思ってた。この家、俺がいなくて兄貴と三人家族だったら幸せなんだろうなって」
「お前、そんなこと考えてたのかよ」
 克彦は子供のように唇を尖らせて小さく頷いた。
「あのなあ、そんなことあるわけないだろ。みんなお前のことが自慢なんだよ。それに父さんと母さんがいて、俺とお前がいて、ずっと四人家族で、それ以外考えられないよ」
「そうかな?」
 柿谷達彦は弟の顔を眺めた。そっくりとは行かないが、自分と似た横顔。誰よりも親しい存在。生まれる前から一緒にいる存在。
 でも弟がそんなことを感じていたとは、考えもしなかった。弟はこれまでもこれからも、順風満帆に、周囲のことなど気にすることもなく、自信に満ちた人生を送る、そう思い込んでいた。