三日目【19】 川西淳郎のこの先の予定は真っ白だった。

タニンゴト

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前回のあらすじ

最愛の妻を喪い自殺を決意した淳郎のもとに、大学時代の友人である日高と香川が突然訪ねてくる。3人で飲み明かしたうえ、翌日は競馬場にまで付き合わされた淳郎。やっと友人たちから解放されたが、今度は飛び降りようと思っていた橋が事故で封鎖。淳郎は気を取り直して山へと向かい、そこで行方不明となっていた子供を発見する。

Photo/Tatsuro Hirose
Photo/Tatsuro Hirose

 川西かわにし淳郎あつろうは足を止めた。
 視線の先には公園のベンチがあった。夜の闇の中、たったひとつの外灯が、スポットライトのようにそれを照らしている。
 川西淳郎はそちらに近寄った。
 ベンチに腰を下ろして、深いため息をつく。
 革靴の中の足がじんじんと痺れている。ふくらはぎや太ももも重い。体だけではなく、頭も心も、くたくただ。
 朝から山に登り、歩き回った挙句に子供を見つけ、背中に担いで降りてきた。その後、行き会った地元の人らしい老人に助けを求めて、警察と救急車を呼んでもらった。川西淳郎自身も救急車に同乗して病院に行った。そこからは大混乱だった。
 子供の母親らしい女性に半狂乱で抱きつかれ、祖父らしい男性はその場に膝をついて感謝を述べた。病院の外に連れ出されると、十数台のカメラと大勢の記者に囲まれてマイクを突きつけられた。ひとりが質問すると、フラッシュとシャッターが降り注ぐ。また別のひとりが質問。フラッシュ。シャッター。また次。それは果てることなく続いた。
 その次は警察だった。子供を見つけたときはどんな状況だったのか、周りに別の人間はいなかったか。なぜそんな恰好で、人が入らない場所に行こうと思ったのか。
 ―たまたま友人に登山道具をもらって、ふらっと出かけてみたんです、服はちょうどいいのを持ってなかったものですから。人が大勢いる場所は苦手なので、人のいないほう、いないほうに進んでいったら、子供を見つけて。
 川西淳郎は、次から次となめらかに出てくる自分のでまかせを、他人事のようにぼんやりと聞いていた。
 実は死のうと思っていたんです、ええ。前の晩に橋から飛び降りようとしたのですが、通行止めでした。それで山の中で首を吊ろうと思ったんです。
 そう答えたら、警官たちはどんな反応を示すだろうかとも考えた。
 それは一点の曇りもない真実だ。けれどそれを伝えても、警官たちは信じようとはしないだろう。愛想笑いをしながら、内心ではなにを面白くもない冗談を、とそんなふうに思うのだろう。
 警察から解放される頃には、すっかり日も暮れていた。そして携帯電話を見て、仰天した。五十件を越える着信とメール、留守番電話が入っていた。
 両親、兄、友人、同僚、すっかり疎遠になった昔の知人。多くは、ニュースで川西淳郎の姿を見たことに驚きを表し、子供を助けるという行為に対する賞賛を送っていた。その中には日高ひだか香川かがわの名前もあった。
 もし自分が自殺したというニュースを聞いたなら、彼らはどうしたのだろう?