ひよっこ社労士のヒナコ

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「あの、なんの話でしょう」
「未緒ちゃんが描いてくれたんじゃないの?」
 ウェルカムボードとは言葉どおり、新郎新婦から列席者への最初の挨拶を形にしたものだ。言葉、写真、絵など、いろいろなパターンがある。飾る場所もどことは定められておらず、受付やウェイティングルーム、披露宴会場の入り口などに置かれることが多い。
 わたしは遅刻しそうだったから、ウェイティングルームをすっ飛ばし、受付でも周囲に目を配っていなかった。でも描いた、と表現するからには、絵なのだろう。
「どんな絵ですか」
 そう訊ねると、瑠璃のお母さんはスマホを取りだした。写真を液晶画面に出してくる。絵の枠の外にドレスや礼服が映りこんでいるから、今日、その場で撮ったものだろう。
 天女のような瑠璃と、中世の貴族のような恰好の英司さんが向かい合い、互いの手を取っている。紫みを帯びた濃い青色をバックに花々が咲き誇り、手前に黒と水色の羽を持つ蝶が乱舞している。
 わたしは同じ絵を、描いている。
 モデルは瑠璃と英司さんじゃないし、細かいところは違っているけれど、同じ構図、同じモチーフの絵を、描いた覚えがある。
 でもこれは、乙羽の絵だ。
「未緒ちゃん、昔から蝶が好きだから、てっきり。…ごめんなさいね」
 瑠璃のお母さんが、困ったように笑っている。こんな表情をさせるなんて、わたしの顔はさぞ引きつっているのだろう。
「いいえ、とんでもありません」
 わたしは笑顔を作った。ちゃんと作れているだろうか。足元が震えている。心のなかは乙羽への不信でいっぱいだ。
 瑠璃のお母さんが気まずそうに場を離れた。乙羽も、波瑠ちゃんに手を振って歩きだそうとしていた。わたしは乙羽に、どこへ行くの、と声をかける。
「素材によさそうだから、花壇で写真、撮ってくる」
「待って。話がある。ウェルカムボードのこと」
「あ、見てくれた? いい感じでしょ」
 乙羽は笑っている。
「いい感じもなにも、あれ、わたしが以前描いた絵とそっくりじゃない」
「そうだっけ。いろいろ違うけど」
 首をかしげる乙羽は、平然としている。
「そうだよ。女性と男性が向かい合っていて、背景が花、手前に蝶、同じ構図じゃない」
「あの蝶は、ルリタテハ。瑠璃の名前が入っているでしょ。調べたら、瑠璃ってラピスラズリのことだとか、ガラスの古い言い方だとか、出てきたんだよね。だから瑠璃色は使ったけど、石やガラスをモチーフにするのはなんだかな、って思ってたときに、ルリタテハって蝶がいることを知って、ぴったりだなって思ったわけ」
 乙羽は自慢げだ。
「わたしが、蝶をモチーフにしていること、知ってるよね」
「もちろん。それも理由だよ」
「どういうこと」