第四話 モノクロの景色【1】
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前回のあらすじ
亡くなったはずの男が、何故ここにいる?──しかし、未緒にはその恐怖を超える友の裏切りが!

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五十年近く生きてきたけれど、目の前で人が倒れるのを見たのは初めてだ。
ウエディングドレスを着た彼女は、無言のまま床へと崩れ落ちた。息を呑む声、戸惑う悲鳴、そして英司くんが叫ぶ。
「瑠璃ちゃん!」
ざわめきが控室に広がる。
「小夜子さん、プランナーさんに連絡をというお話をしていたけれど、それより先にお医者さんじゃないかしら。呼んできてくださる?」
志津子さんが私に命じてくる。彼女は、甥にあたる英司くんの母親だ。
「はい、ただそちらは、フロントに電話をしたほうが早いのではないでしょうか」
「それもそうね。電話をして」
志津子さんの言葉より先に、英司くんが電話をかけていた。
志津子さんは死んだ夫の妹なので、年下だが私が一応、義姉となる。けれど志津子さんはいつも、私の上に立っている。それは私が、彼ら一族の玉の輿に乗った立場だからだ。
違和を感じたのは遠い昔のこと、今は黙って従っている。そのほうが楽だから。夫――あの人に対してもそうだった。
いまどきは、他人の男性配偶者をどう呼ぶかという論争があるそうだ。問題意識の高い人は、夫さん、お連れ合い、と呼ぶらしい。主人、旦那、という言葉には主従関係を感じるからだそうだ。
けれどどうしても、あの人は、主人、だ。たしかに主従関係があった。そして親族関係において、死んだあともそれを引きずっている。
倒れてしまった美しい花嫁――嫁ではなくて新婦は、英司くんを、友人からなんと呼んでほしいのだろう。思えば婦という文字も、女偏に帚だから古いしっぽがついたままなのかも。……なにしろ瑠璃さんは私と同じ立場なのだ。
そんなことを思いながら英司くんの電話のなりゆきをうかがっていると、志津子さんが無言でうながしてきた。
プランナーを捜して席を増やすのだった。
その人の名刺に書かれているのは代表番号だけで、携帯電話番号は載っていない。私は部屋をあとにした。娘の叶恵がついてくる。
「ママ、名刺、見せて。ふたりで手分けして捜したほうが早いよ」
「ありがとう。でもひとりずつ訊きまわるわけじゃないのよ。ホテルの人に訊ねてそこからつなげてもらえばいいの」
「つなげる?」
「プランナーさんは連絡用のスマホかインカムを持っているでしょうから、従業員間でつながるでしょ?」
そう説明すると、叶恵が納得の顔になった。
父親が死んでからずっとひきこもっていた叶恵は、二十歳も近いというのに、それくらいのことも想像できなくなったんだろうか。この子が不憫でならない。