第四話 モノクロの景色【2】

祝宴のトロンプルイユ

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前回のあらすじ

甥の結婚式会場で、夫にそっくりな義兄と再会した小夜子は、亡き夫の死について、再び心がざわめき出し──。

illustration/しまざきジョゼ
illustration/しまざきジョゼ

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 天藤てんどう瑠璃。名前でネット検索をしたらInstagramのアカウントがわかった。画家だ。
 会社員だとは聞いていたけれど、美大を卒業し、仕事をしながら絵を描いて、発表しているようだ。
 このタッチはどこか見覚えがあると、スマホの画面をスクロールしていって納得した。あの人の買った絵がある。
 あの人には悪い癖があった。
 手を出していたのは、会社の人だけではない。夜の街の女性は好きではないのか、どこかで素人の女性を見つけてくるのだ。
 あるときから急に、家に絵が増えだした。もともと絵画に興味のある人だったので、名作のレプリカはそこかしこに飾られていた。それがレプリカではなくサインの入ったオリジナルで、でも見たことのない、フレッシュな印象の絵に代わっていった。サインから調べてみると、若手の無名画家のようだ。しばらくの間、同じ人の絵が何枚か飾られ、またしばらく経つと、別の人の絵が続けて飾られる。洋画もあれば日本画もある。なにが起きているかさっぱりわからなかったけれど、その画家が若い女性ばかりで、彼女らの顔写真をネットで目にしたときに、腑に落ちた。
 あの人はパトロンごっこをしている。
 絵を買ってあげて、たぶん食事なりなんなりの物品を与え、見返りとしてちやほやされる。あるいは性的な関係も結んだだろう。
 あの人は持ちあげられるのが好きな人だ。そして一種のコレクターでもあった。写真だったり、ときにはただのハンカチだったり、自分が手に入れた女性の思い出をなにかしらこっそりと残していた。思い出という表現は違うかもしれない。むしろ戦果というべきか。
 過去の女性の写真を家に飾っておくわけにはいかないけれど、絵であれば、飾っていつまでも眺めていられる。自分の得たものを誇れる。なるほど、あの人はぴったりの鉱脈を見つけたのだ。
 さて。瑠璃さんは、あの人とどこまでの関係だったのだろう。彼女が倒れたのは、義兄が控室に入ってきた直後だ。あの人と同じ顔を見て、ショックを受けたのではないか。
 あの人の死に関わった女性だろうか。
 結婚して以来、家庭の主婦として外に出ていない私だが、働いているときはそれなりに優秀だった。スケジュールの管理も、各所への連絡もきっちりとこなし、すべてを収まるべきところに収まらせていた。それができないときには必ず原因があるので、怠らず追及した。担当役員のライバルの不正を見抜いたこともあった。
 いまさらあの人が生き返るわけもないけれど、そのままにしているのは気持ちが悪い。今、こんな形で会ったのは、改めて向き合えという運命かもしれない。
 私は久しぶりに、仕事モードのスイッチを入れた。

「ママ、なに見てるの」
 叶恵が私の前に立ち、スマホを覗きこんできた。
 私は義兄と離れて再び席につき、Instagramの画面を開いたまま考えこんでいた。叶恵はさかさまに見ている状態だからよくわからないだろうけど、急いでホーム画面に戻す。
「なんでもないわよ。時間が中途半端に余っちゃったから、気晴らしをね」
「だったらあたしのそばにいて。ひとりでいたくない。人に話しかけられたくもない。疲れちゃう」
 そう言って、叶恵は私の隣に座った。振袖の先が床に落ちる。
「袖に気をつけてね。椅子に座るときは、前に回して膝の上ですよ」
「めんどうね。ドレスにすればよかった。でもそれだと、新婦側のお友達に紛れちゃうよね。向こうにも振袖の人がいるかもしれないけど」
 でも叶恵ほどの凝った着物は、そうそうないだろう。志津子さんからも、家の格というものがあるから、必ず未婚女性の正装で来させるようにと言われていた。
 それを着られるという誇り、と同時に、着なくてはいけないという縛りがある。それらをこのまま叶恵に背負わせていいものか。復氏ではなく姻族関係終了のほうがよかったのではと、今も迷いは残っている。
 この振袖は、あの人が叶恵の成人式にと早くから用意していた。最後の贅沢品となるだろう。あの人は、仕立てが終わるのを待たずに逝った。届けられた畳紙たとうがみを抱きしめて号泣した叶恵に、私も泣けてきた。