第四話 モノクロの景色【4】

祝宴のトロンプルイユ

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前回のあらすじ

挙式後のブーケトスは、娘の叶恵が手にした。小夜子には、その話題を使って疑わしい二人に近づくチャンスが来た!

illustration/しまざきジョゼ
illustration/しまざきジョゼ

「夫…?」
 秋山さんから笑顔が消えた。険しい表情で、親族席のほうに目を向ける。現在進行中のトラブルだと思ったようだ。
「ご主人って、なにかあったんですか?」
「やだごめんなさい。誤解なさらないで。夫はもう死んでいるんです。でも急でしたの。そういうときって、ほらサブスクっていうんですか、未解約のサービスが残っていたりするでしょ。反対に、お支払いすべきなのに未払いになっているものがあるんじゃないかと思って、あり得そうな先にうかがっているところなんです」
 そう言うと、秋山さんは表情を緩めた。肩をすくめている。
「わたしこそ、変なふうに考えちゃって失礼しました。そういえば知りあいにもいました。急な入院でレンタルDVDを返し損ねてすごいお金取られた人が」
 神津さんと未緒さんは、私の言いつくろいにまったく納得していないようだ。神津さんが、未緒さんをちらりと見た。未緒さんは手元が震えている。私はさらに嘘を続ける。
「そうだわ。夫が最後に手に入れた絵があるんですけど、画像検索の仕方を教えていただけないかしら。私、そういうことあまり、得意じゃなくて」
 未緒さんはうつむいたまま、身じろぎもしない。いつの間にか手をテーブルの下に隠していた。言葉よりも雄弁に語る、その手を。
「なにさん、っておっしゃいましたっけ。ご主人は」
 ふいに神津さんが訊ねてきた。
「鶴来です。鶴来祥悟と申しました」
「そのお名前には覚えがないです。ねえ、未緒」
 きっぱりと、神津さんが言う。
「う、うん」
 未緒さんの声は消えそうだ。
「未払いはないですよ。画像検索もよくわかりません」
 神津さんは被せるように早口になった。
「そうですか、ありがとうございます」
「はい。では」
 神津さんが頭を下げ、会話は終わりとばかりに唇を引き結ぶ。と、不思議そうな表情の秋山さんが口を開いた。
「失礼ついでにすみません。さっき、和久野さんとおっしゃいましたよね。亡くなったご主人とお名前が違うのは、…あの」
 話を延ばした秋山さんを神津さんが睨んでいるが、秋山さんは気づかないようだ。
「夫の死後に、復氏という手続きを取ったんですよ。自分の旧姓に愛着があったのです」
「復氏、へえ」
「ちなみに夫の家族と縁を切る方法もあるんですよ。みなさんも将来、夫の死後にお舅さんやお姑さんが束縛してきたら、そうなさったらいいわ。ふふふ」
 私は笑顔を作った。秋山さんが困ったように笑っている。神津さんと未緒さんも、どう反応していいかわからないようすだ。
「それじゃあ、ごめんください」
 もう一度、神津さんと未緒さんの顔を見つめ、私は彼女たちのテーブルをあとにした。