きっちりと丸いかたちや冬の猫 ②
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前回のあらすじ
ハコは一人暮らしの独り身で清掃会社勤務の33歳。姪の秋穂を保育園へ迎えに行き、〈コクリコ音楽教室〉でピアノレッスンを終えた姉・秋恵と落ち合い、実家に三人で帰宅するという週一のルーティンが始まってそろそろ一年が経つ。ある日、子供教室に通う彩花ちゃんのママ・槇岡あゆみさんが先生をビンタして、娘を連れて泣きながら飛び出ていく場面に遭遇してしまったハコは、思わず身を縮めてしまう。
それから、わたしが木曜日のルーティーンを三回こなすあいだは、彩花ちゃんとそのママに遭遇することはなかったけれど、噂は耳に入ってきた。あの大爆発以来、彩花ちゃんママの感情が沈静化することはないらしく、レッスンの度に何かしらクレームをつけたり、被害者ぶって泣いたりして、木元さん一家を困らせているようだ。彩花ちゃんの方も、そんなママが怖いからだろう、ピアノレッスン嫌いが加速して、これまた練習室で泣いてばかりいるという。
ママさんのことはどうでもいいけれど、彩花ちゃんのことを思うと、胸が痛む。まだ自分の気持ちをうまく伝えられるだけの語彙を持たず、自身の好き嫌いや得手不得手を把握しきれていない小さな子が、母親の勝手な理想を押しつけられ、何かに秀でることを一方的に求められているのだ。
わたしの場合は、両親がわかりの早い人たちで幸いだった。諦めが早い人たちだったと言ってもいいか。姉とは違い、わたしは幼稚園でも学校でも、父母を喜ばせるような子供にはなれなかった。友達が少なく(実はほとんどいなくて)、何をやらせてもパッとせず、気の強いクラスメイトにバカにされては泣いて帰ってくる。高校では単位を落とさずに済むぎりぎりまで欠席して、お試しのアルバイトばかりしていた。
――ああ、この子はそういう器の子なのだ。
姉の秋恵は「鳶が産んだ鷹」。妹は「鳶が産んだ飛べない鳥」。名前のとおりのハコ、とてもキャパの小さい箱だった。
そんな父と母でも、わたしが清掃会社に就職すると告げたときには、最初のうちは猛反対だった。父は怒ったし、母は泣いた。わたしが「社員寮があるから家を出る」と言うと、ようやく青ざめて、表情を消してわたしを見つめた。あのときの父母の目の色を忘れることはできない。絶望の色だった。
それを思い出すと、わたしの胸は疼く。痛むわけではないのは、悲しみはないからだ。だって、子供本人が見つけたまっとうな進路を前に、いきなり絶望するってどうなのよ。今、健康で幸せでそこそこの給料を稼いでいるわたしを(姉とはレベルが違うがそれなりの)親孝行娘扱いしてくる両親に、わたしは根強い不信を抱いている。
彩花ちゃんの不幸は、わたしの不幸とは違う。でも、本人が苦しんで乗り越えない限り、誰も(親でさえ)助けてくれないという点ではそっくりだ。頑張れ、彩花ちゃん。わたしは心のなかでそう呟いていた。
そんな念がうっかり通じてしまったのか、新年を迎えて最初の木曜日、秋穂といっしょにコクリコ音楽教室に行くと、待合室のソファに彩花ちゃんがぽつりと座っているところに出くわしてしまった。泣いてはいなかったけれど、ほんのさっきまで泣いていたという顔をしていた。


