川面浮くこぼれ桜の徒競走 ①
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二十一インチの薄汚れたモニターに、一人の若い女性が映っている。依頼者の聞き取り取材の様子を記録した動画だ。白いブラウスにチャコールグレイのベスト、セミロングの黒髪。彼女が指で髪をかき上げ、耳が見えると、小さな真珠のピアスが光る。話しながら涙を流しているので、薄化粧が落ちてしまい、目のまわりや鼻の頭が赤くなっている。
右隣に据えられているもう一台のモニターは、左側のものよりは新しく、画質も良い。そこには、別の若い女性の写真が次々とアップされてゆく。一人の写真、家族や友人たちとの写真、普段着の姿、晴れ着姿、笑っている顔、真面目な顔。
キリカは回転椅子を回して手を伸ばし、右側のモニターのスイッチを切った。チャットを介した成り代わりの場合、故人の映像をあまりたくさん見ない方が成りきりやすいのだ。容姿が違うことを意識しない方が、仮想の輪郭を重ね合わせやすくなる、とでも言おうか。
左側のモニターにも一時停止をかけると、がたつくデスクの上のファイルに目を落とす。登録用の書類には、依頼者と復活者のプロフィールが書き込まれているだけだ。他の書類は現在作成中なのだろう。ここ〈株式会社スリー・ホライズン〉の事務スタッフはずっと人手不足だ。まあ、内部に入るとすぐに、(体裁だけは整えてあるものの)ここでやっていることは詐欺商売だとバレるので、心ある人は辞めていってしまうから、仕方がない。
依頼者の名は安住さゆり、二十四歳と二ヵ月、職業は銀行員。復活者の名は師井明日香、生前の職業は看護師だった。約十ヵ月前、勤務先の総合病院前の路上で発生した車両二台による衝突事故に巻き込まれ重傷を負い、その後死亡。その当時、二十三歳の誕生日を迎えたばかりだった。
若いなあ。二十三歳のときのあたし、何をしてただろう。キリカは考える。
――金コマだったことは確かだけどね。
キリカは今二十九歳と三ヵ月。母一人子一人の家庭に育ったが、高校の卒業式の日に家出して以来、母親とは会っていない。記憶にある母親はすり切れそうな貧乏人だった。まさに”金コマの親子間連鎖”だ。
開いたファイルの上に肘をついて、キリカは左側のモニターの再生を再開した。黒髪の若い女性、安住さゆりが語り始める。
「わたしたちはそれぞれ一人っ子で、はいはいのころから双子のように仲良く育ちました。母親同士は社宅で知り合って仲良くなった間柄で、そう長いお付き合いではなかったんですが、何か縁があったのでしょうね」
さゆりは、くちびるの動きにちょっとクセがあるようだ。静止画にし、目を近づけてみると、向かって右の口角のところに薄い傷跡が見えた。子供のころその位置に怪我をして、その影響が残っているのかもしれない。
「同じ社宅に住んでいましたから、学区も同じ。幼稚園から中学校まで一緒でした。楽しい思い出は数えきれませんけど、明日香とわたしにとって忘れられないレベルの大事は、二つあります」
一つめは、幼稚園の年長のときの出来事。
「二人で公園のブランコに乗って、明日香が座ってわたしが立ちこぎしていたとき、勢いがつきすぎてしまって、見事に落っこちて。明日香は擦り傷で済みましたが、わたしは顔から地面にぶつかったので、口の端を切った上に前歯を折ってしまいました」
さゆりはキリカが気づいた傷跡のところに指先をあてた。
「今もここに、痕が残っています。女の子の顔の傷だから、お医者様がすごく細かく縫ってくださったんですけど、消しきれませんでした」
彼女自身は、そのアクシデントや治療のことを、ぼんやりとしか覚えていないらしい。ただ、明日香本人と二人の母親が折に触れてはこのことを語ってくれたので、今では彼女の記憶として定着しているのだそうだ。
「明日香はわたしの傷跡のこと、すごく気に病んでくれて……。ホントに心の優しい子でした」
しゃべりながら、また涙ぐむ。キリカは依頼者の傷跡をもう一度よく確かめて、自分の観察眼に満足した。


