月よ照らせ通天閣の青蜥蜴 ③
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前回のあらすじ
わたしたち3年A組の担任、英語教師の先原律先生は25歳で人気者だった。そんな先生のある意味〈天敵〉が織口折夫だった。先生は織口を貧しい環境から救うため、彼の父に面談を求めるが応じてもらえず、執念深く待ち伏せをするように。ようやく織口父と会えたものの、その非常識な早朝の訪問を抗議され猛烈な口論となってしまう。

この不幸な衝突で、先生の心のどこか――怒りのバランスを司る部位が、決定的に壊れてしまった。
(よかれと思って提案しているのに)
(こっちだって暇じゃないのに、生徒のためだと思うから、時間をつくってあれこれ調べて考えているのに)
(親がだらしないから、ああいう気の毒な子供が存在するのだ)
(あんな底辺の人間は、そもそも親になるべきではなかったのだ。子供を苦しめた上に、先々また同じような底辺の人間に育ててしまうのだから)
先原先生は怒った。その真摯な怒りの矛先は、織口父子を苦しめている状況から、その状況に甘んじている父子の方へと向いてしまった。二人は、先原先生が手を差し伸べる対象から、生意気にも先生のことを軽んじる、愚かで視野の狭い底辺の父子に成り下がってしまった。
これは大人になった今のわたしの勝手な憶測だけれど、先原先生の若さも、この筋違いの怒りの一因になっていたと思う。つまり、誰に批判されるよりも前に、若くして受験生の担任になったことを、いちばん気にしていたのは先原先生自身だったのだろうということだ。
ミスをしてはいけない。二十七名をつつがなく進学させなければと、気を張り詰めていた。だから、ごくシンプルに(子供を手放したくない、一緒に暮らしたい)(施設に行くよりも家族といたい)と願う織口父子の気持ちをおもんぱかる余裕がなかった。そして、
「君も君のお父さんも、先生が若いから、先生の意見なんか軽んじてもかまわないと思っているんだな」
というひねくれた解釈に心を盗られてしまったのだ。
この台詞は、決定的な亀裂となった最後の面談の際に、実際に先生が織口折夫に向かって言い放った台詞だった。他にも、先生はよく通る声で、オリオリに向かってこんなことを言った。
「君や君の父親みたいな人間は、本来、社会のお荷物なんだ。社会から与えてもらう恩恵にすがって生きているんだから、社会の言うことに従うべきなんだ」
「おじいさんおばあさんが、医療費を食い潰しながら長生きしているのは、本当に困ったもんだな。君のお母さんが早死にして、君の下に君みたいな子供をつくらずに済んだことは、まだよかった」
耳を疑いたくなる台詞だ。教師でなくたって、こんなことを口にすべきではない。全て、人でなしの言うことだ。
だけど先原先生は言ってしまったし、織口折夫はその言を浴びるしかなかった。あまりに残酷なやりとりだから、わたしも信じたくなかったけれど、当事者に確かめることができてしまったから、今では確信している。


