川面浮くこぼれ桜の徒競走 ②
更新
前回のあらすじ
キリカは二十九歳と三ヵ月。母一人子一人の家庭に育ったが、高校の卒業式の日に家出して以来、母親とは会っていない。記憶にある母親はすり切れそうな貧乏人だった。今の職場は〈株式会社スリー・ホライズン〉。キリカの依頼者は安住さゆり、二十四歳と二ヵ月、職業は銀行員。復活者は師井明日香、生前の職業は看護師だった。さゆりは明日香を復活者生成AIでよみがえらせようとしているのだ。

死者のキャラクターを高性能のコンピューターを用いてよみがえらせようという試みは、AI=人工知能の開発が盛んになると同時に始まっていたと言っていい。それほどまでに、「死者の復活」は、人間にとって不変の憧れなのだろう。ただ、それが研究室を飛び出し、ビジネス社会の現場で具体化するところまでに至ったのは、優れた生成AIが開発され、一般にその高度な能力が周知された二〇二〇年代からのことだ。そして現在、新約聖書のなかのよみがえりエピソードを踏まえて〈ラザロビジネス〉と呼ばれる死者のキャラクター復活サービス業は、多くの自由主義諸国で規制されつつも盛況である反面、一部の宗教国家や独裁国家では、国家反逆罪に並ぶ大罪として厳しく取り締まられている。
現時点での技術では、対象の復活者(ラザロ)をパソコンから外に出し、ロボットやアンドロイドのオペレーション・システムにそのキャラクターを組み込んで自律的に動き回らせることは、実験段階に留まっている。アンドロイドは人間に近づけて精巧に造られるほど、いわゆる「不気味の谷」にはまってしまい、復活者を迎えることを望む依頼者たちから拒絶されるケースが多い。では非人間型はどうかと言えば、愛らしい架空の動物キャラクターを創ることにおいては世界一のセンスと技術を持つこの国でも、数年前、ある復活サービス企業がオリジナルの動物キャラロボットを復活者の受け皿とする試みを始めたら、早々に頓挫したという事実がある。
昨今、高度な生成AIを用いたラザロビジネスにおいては、様々なサイズのモニターのなかに復活者の姿を再構成し、それと対面する依頼者がリアルタイムで会話を楽しむという形式が一般的だ。モニターに映る復活者は、顔のアップ、バストアップ、等身大、椅子に座っていて立ったり座ったりするなど、何段階かに分けて構成される。もちろん、モニター上に限られていても、復活者がより自然に見え、より多くのことをしてくれるサービスになればなるほど、料金も跳ね上がる。たとえば、復活者が〈おしゃべりのなかで、あまり話したくない話題を振られると耳たぶに触る癖がある〉ことをAIで再現しようとすると、三桁万円の金がかかったりするのだ。その金の大半は、そういう仕草がごく自然になされているように見える――そのように計算してキャラクターを構成する手間のために費やされるわけだが。
一時、復活者を等身大の3D映像化することが(開発技術者サイドでは)もてはやされた時期もあったが、ホログラムは金がかかる割に所詮は映像に過ぎないし、多くの依頼者が共通して抱いている「幽霊」のイメージと重なりやすいという欠点があって人気がなく、今ではほぼ顧みられることがなくなった。
ならば、復活者が視覚的には見えない形にすれば、ラザロビジネスはもう少しリーズナブルになるのではないか。その発想で生まれたのが音声チャット方式であり、さらに低価格になることを企図して開発されたのがテキストによるチャット方式だ。音声チャットは合成音声を作成し、それを操るAIに復活者の生前の語彙と口癖、息づかいのリズムなどを学習させなければならないので、そこそこ金がかかる。それに引き換えテキストチャットは、依頼者と文字で対話するだけなので、もっとも安価な商売にしやすい。


