家中の鏡磨いて百物語 ②

続 ぼんぼん彩句

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前回のあらすじ

わたしは生まれ育ったこの町で、変異体による〈大襲撃〉に遭った。公認会計士の浅見さん(40代半ば・男)、浦河さん(50歳・男)、「ヒロ」「マイ」(20代カップル)、最年長の堀井さん(76歳・女)、伊原ファミリー(30代夫婦、5歳女の子、3歳の男の子)、風間さん(30代・男)、桒野愛羅(18歳・女の子)という偶然に寄り集まったチームで「須原屋敷」に逃げ込んでやっと4ヶ月半。みんな残酷で悲惨な出来事に遭遇したが、リーダー的行動力と判断力のある浅見さんと、建物の営繕や電気工事に明るい浦河さんのおかげで、生き延びるチャンスが広がって今がある。だが…。

 四十三日前、探索に出た先で彼女を発見したのはわたしだ。公園裏のアイスクリームショップの奥に隠れていたのだが、店内の鏡に映っていて、外から丸見えだった。アイラは一人きりだったが、なぜか大きな旅行用ボストンバッグいっぱいに詰めた手荷物を持っていた。
 外見は派手だけれど中身は堅実なヒロとマイのカップルとは違い、アイラは(少なくともわたしの感覚では)本物の非常識のかたまりだった。彼女の両親からしてどちらも他に家庭を持ちながら不倫して同棲しており、アイラの父親はそのとき母親が一緒に住んでいた男性ではなく、実はどこの誰かもよくわからないという。アイラの赤ちゃんも、本人は逃げてしまったボーイフレンドの子だと言い張っているけれど、いわゆる「パパ活」も盛んにしていて、金払いのいい人とはためらわずに性行為をしていたので、実は父親を特定できなかったようだ。
 勉強嫌いだったのだろう。ひらがなとカタカナは何とかなったが、複雑な漢字は読めないことが多い。簡単な計算もおぼつかなかったが、コンビニやスーパーはセルフレジになっているので、アルバイトで困ることはなかったという。ただ、働きに行くと必ずそこにいる年上の男性と恋愛騒動を起こすので、たちまちクビになったとか。
 わたしが何よりも驚き、彼女を嫌いになった―強く嫌悪するようになったのは、彼女があっけらかんとこういう身の上話をするからだった。まったく恥じらいがないし、みっともないとも思っていない。こんな状況下でも肌や髪の手入れにこだわり、貴重な水を使って洗顔や洗髪をしようとする。スーパーやドラッグストアに探索に行けば、生活必需品よりも化粧品を持ち帰ろうとする。中継基地がダウンしてしまって以来、まったく役に立たないスマホも、万に一つの僥倖ぎょうこうを頼みにそれぞれ充電するようにしているのに、その意味がわからないらしく、アイラはオフラインでプレイできるゲームで遊ぼうとしたことがあって、さすがに浅見さんに叱られたら、泣いて拗ねていた。
 優しい堀井さんが、まるで不出来な孫娘をかばうみたいにアイラにかまうことも気に食わない。アイラが赤ちゃんのことを思い出して泣く(悲しい気持ちはあるらしい)と、堀井さんは寄り添って背中をさすってやる。一方で堀井さんがジャッキーの思い出に涙ぐんでいても、アイラはおかまいなしに自分のことばかりかまってもらおうとする。
 ―バカ娘。
 わたしは心のなかで、アイラをそう呼んでいた。こんな娘が一人で、わたしたちに会うまでどうやって生きていたのか。悪運だけは強いのか。その都度お人好しな男たちに助けられてきたのか、親切な人たちを騙して、自分だけ逃げ延びてきたのかもしれない。アイラの人となりを知るにつれて、わたしは、出会ったときに彼女が持っていたボストンバッグいっぱいの衣類や日用品は誰かから横取りしてきたものではないかと疑うようになっていた。衣類は新品のように見えなかったし、カード入れや財布は複数あったのだ。
 若さなんて斟酌しんしゃくしてやる理由にはならない。アイラはとことん信用できないタイプの人間だ。わたしは何があっても助ける気は一ミリもないし、〇・五ミリも信用していない。他のメンバーたちもそうであってほしいと願っている。アイラが浅見さんや浦河さんに甘え、マイを押しのけてヒロにしなだれかかるのを見かけると、蹴っ飛ばしてやりたくて足先がうずうずする。伊原さんに対しても何度かすり寄ってはかわされていたが、一度、君香さんに髪をつかまれて大声で凄まれてからは、近寄らなくなった。そのときは、いい気味だと思ってしまった。
 こんな非常時で、いつ命の危機に見舞われるかわからず、全力で助け合わなければならない少人数のチームのなかにいてさえ、人には好き嫌いがある。
 ―あんたは生真面目なのはいいけど、自分と合わない人や事柄にはとことん不寛容なところがある。気をつけてね。
 思春期に与えられた母からの助言、小言が耳の奥によみがえっても、わたしはどうしても、どうしても、アイラだけは嫌いだった。叔母と姪ほどの年齢差があるのだけれど、こちらが大人になろうとは思えない。このバカ娘のせいでチームの誰かが危険にさらされるようなことがあったら、絶対に許せない。わたしのそういう本音はアイラにも伝わっているのか、彼女はわたしと目を合わせようともしないし、名前を呼ぶこともない。わたしのいないところで他のメンバーに、「あのおばさん、苦手」と言っているのも、ちゃんと知っている。ふん、そんなのお互いさまだよ。