前編 不安を乗り越えるためにできること

階段を駆け上がって見えた世界

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2016年のデビューからわずか5年で本屋大賞を受賞した町田そのこ氏。第15回「女による女のためのR-18文学賞」でデビュー作の選考委員を務めた三浦しをん氏をお招きし、その軌跡と、大きな賞を得たことによるプレッシャーの克服方法について、そして物語に深みを与える登場人物たちについて存分に語り合っていただきました。

―最初にお二人が会われたのは2016年の第15回「女による女のためのR-18文学賞」の授賞式でしょうか。
三浦 そうですね。お会いするのは久しぶりですよね。
町田 3年前のR-18文学賞(第18回)の授賞パーティが最後だったと思います。
三浦 デビューしてから5年で、単行本と書き下ろしの文庫を合わせて7冊も小説を書かれたんですね。今回、改めて全作を拝読し直したんですけど、新刊の『星を掬う』も含めてどれもすごくいいですね。
町田 そうおっしゃっていただけると、ほっとします。『星を掬う』は本屋大賞を受賞後の第一作ということで、自他含めてのプレッシャーがすごくて、これで大丈夫なのか、本屋大賞受賞者の作品として足るものなのかみたいなことを考えながら書いていたんです。原稿自体は今年の3月には書き上がっていたんですけれど、5月ぐらいに読み返してみたらあまりにも拙く感じて。これはだめだわと思って、全面改稿したんですよ。
三浦 ストーリーラインは一緒なんですか?
町田 まったく変わりました。元のストーリーは、「なんで母親は娘を捨てたのか、その謎を追う」みたいなミステリーになっていたんですが、どうも違うなと。私が書きたかったのは、母と娘の確執と、その乗り越え方だと気付いて、そこから全部変えました。
三浦 それはすごいですね。ややネタバレになってしまうかもしれませんが、主人公の千鶴が求めていた答えとか、彼女のお母さんが抱えていた謎というものが、物語の中ですべて明らかになるわけではない。でもそこが逆に、私には誠実なことに思えました。現実においても、納得がいくかいかないかは別として、過去に起きた出来事についてそれぞれの人がそれぞれの解釈で、「あの時起こったことはこういうことだったのかも、ああいうことだったのかも」と思っていくしかない。正解や明確な答えはない。その辺が小説としてすごく真に迫ってくるというか。自分とは全く境遇が違う登場人物だったとしても、自分のことのように読めるなと思って、小説を読む楽しさや喜び、あと、つらさも、こういうところにあるんだなと感じました。

町田その子さん
町田その子さん

町田 ありがとうございます。書きながら、自分のなかで少しでも成長したかったんです。『52ヘルツのクジラたち』は、物語に骨と皮はあっても血や肉といった豊かさがいまいち不足しているのではないか、という自分なりの反省点がありました。だから『星を掬う』では物語のもっと細かいところ、毛細血管まで表現したいという気持ちがあって、それを書けたらもう一歩成長できるのかなと考えていました。でも難しかったです。どこまで直したら自分が目指したところへたどり着けるのか、わからなくなってしまって。
三浦 そうか…。私は、『星を掬う』はもちろんのこと、『52ヘルツのクジラたち』も豊かな世界が広がっていると感じましたし、それぞれに素晴らしい作品だと思いました。
町田 よかったです。一つずつ作品を書いていって、そのたびに一歩ずつ階段を上がれたらいいなと思っていたのですが、『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞をいただいたことで、自分が歩んでいる階段がいきなりぐっと上がっちゃって、高みに置いてけぼりにされた感じがあったんです。すごくうれしいんですけど、身の丈に合っていないのに、って思っちゃう時があるぐらい怖かった。
三浦 不安になってしまったんですね。そういうふうに感じるお気持ちもすごくわかります。でも、小説家としてデビューされて5年とかで、これだけの作品を質量共にお書きなんですから、「身の丈に合わない」なんて感じることは全くないと思います。ご自身としては不安だったり、大きな賞をもらうには早いんじゃないかとか思ってしまうかもしれませんが。
町田 そうですね…。
三浦 不安を乗り越えるには、やっぱり真剣に書き続けることしかないと思います。それだけの力が町田さんにあるのは、今までに書いてこられた作品が証明しているじゃないですか。あんまりプレッシャーに感じずに、ご自分のペースで書いていけば、絶対に読者は町田さんの作品を待ってくれますから。何も気にすることはないと思います。
町田 「次を楽しみにしてます」とか「新作待っています」っていう言葉も、今までそんなに言われてこなかったんです。それが驚くほど増えた。その分、応えたい楽しんでもらいたいという自分の気持ちが空回りする時もあるんですよね。特にこの『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』は、北九州の方たちの中ですごく、地元を書いてるということで喜んでもらえて。
三浦 『コンビニ兄弟』、読んでいてとっても楽しいですものね。
町田 ありがとうございます。でも読者の方たちに、「地元だから『コンビニ兄弟』を一番楽しみにしているんです」などと言われると、この期待に応えたい、北九州のいいところをもっと描いて発信していきたい、そうしなきゃいけない、とか思ってしまう。
三浦 なるほど、ちょっとわかってきたぞ。町田さんはきっとあれだよ、人に気を遣い過ぎるんだ。
町田 そうですかね。でも、今まで自分の作品の感想とか意見をあまり見ることもなかったので、過剰に意識してしまっているのかもしれません…。『コンビニ兄弟』と『52ヘルツ~』、前に刊行した『うつくしが丘の不幸の家』までは、Twitterなどやっていなかったこともあって、読者の方から感想を頂く機会がありませんでした。そのせいか、誰かに読まれているという実感が全然なかったんです。
三浦 『うつくしが丘~』もすごく好きな作品ですね。一章の時点で、この話はどんな展開になるんだろうってわくわくしながら読んだんですよ。章が進むにつれ、なるほど、こういうカラクリなのかとわかって意外だったし、読み心地がよかったです。
町田 版元が東京創元社さんだったので、何か仕掛けをしないとダメなんじゃないか、と。実際はそんなこと言われなかったんですけれど、自分なりに課して書きました。
三浦 それでちょっとミステリーっぽいつくりなんですね。
町田 新しい本を書くときは毎回自分なりに何かしていきたいというふうに思いながら書いているのと、R-18文学賞を受賞したデビュー作について、選考委員の辻村深月さんから「ミステリーを書いてみたら」ということを言われたのがすごくうれしくて。そういうのをチャレンジしてみたいっていう試行錯誤の末だったんです。
三浦 『うつくしが丘~』は、仕掛けがうまくキマってますし、構成も非常に緻密ですよね。人物の配置とかも含めて、町田さんの小説の腕前を堪能できるいい作品だなと思いました。私はTwitterはしていないんですが、読者のご感想が直接届くというのは、いいですね。