愛するということは

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 里美は家にいる時は、偏食気味な豊のために腕を振るってくれた。飲食店で働いていたことがあるそうで、シングル用の一口しかないコンロとは思えないほどの料理をこしらえる。しかしある日の食卓を見て、気になった豊は尋ねた。
「しーちゃんは、食べられるの?」
 用意されたのは、麻婆豆腐、春巻き、白いご飯。汐里の前にも全く同じものが置かれている。
「辛いんじゃない?」
「汐里には何でも食べるように教えているの。それに、激辛というほどでもないから」
「しーちゃん、たべられるよ」
 その言葉通り、汐里は麻婆豆腐をスプーンですくい、ご飯の上にかけて食べている。食べるというより、食らうという感じだ。
 小学生の頃、同じクラスにいた同級生の食べ方と似ている。ある日、その同級生のことを母親に話したら「欠食児童なんじゃない」と言った。
 汐里は手足も体もほっそりとしているが、これは親に似たのだろう。里美も細い。
 不審なところは何もない。ないはずなのに豊は里美と汐里を前に、指のささくれのようにひっかかるものを感じていた。

 新潟への出張で何日か東京を離れることになった。出張から帰る日、里美は休みだと聞いていた。アパートに立ち寄れそうなら連絡をする、と伝えておいた。
 出張先と会社との電話のやり取りが思いの外多く、気付けば携帯電話の充電が切れていた。うっかり充電器を忘れてきたので、そのままにするしかなかった。
 東京に帰る間際、取引先の社長からさけフレークの瓶詰めを渡された。
「おにぎりの具にとか、お茶漬けにしても美味しいですよ」
 そう聞いて、汐里がいつもコンビニの鮭おにぎりを好んで食べていたのを思い出す。
 東京行きの最終一本前の新幹線に飛び乗り、汐里が喜ぶ顔を思い浮かべていた。アパートへたどり着いてから、はたと足が止まる。電話をせずに来たのは初めてだ。
 こんな風に来ると迷惑だろうか──土産みやげだけ渡せたらいい。そう思いなおして、玄関扉の前まで行き、チャイムを押した。
誰も出てこない。
 十一時半を過ぎて、まもなく十二時…じっと立っていると体がしんから震えてきた。こよみの上では春だが、風は容赦ようしゃなく体温を奪う。
 腹から間の抜けた音が鳴る。車内弁当も食べずに来たのは、汐里と食べることを想定していたから。
 今夜この瓶詰めを渡したら、汐里が喜ぶだろう。それで全てむくわれる。──自分の鼻息が白いのを確かめながら、空を見上げる。
 今日は満月か。
 もうしばらく、待ってみよう。