ファンタジーを書きたいわけではなかった!? FN界の2大レジェンド上橋菜穂子×畠中恵スペシャル対談

「しゃばけ」シリーズ最新刊『あやかしたち』刊行記念&アニメ化記念特集

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シリーズ累計1000万部を突破した畠中恵はたけなかめぐみさんの大人気「しゃばけ」シリーズ。病弱だけれども、優しくて知恵の働く主人公の若だんな・一太郎が、お江戸で起きる難事件怪事件を彼を見守る不思議で愉快な妖達あやかしたちと解決していきます。

第1弾の『しゃばけ』が刊行されたのは、2001年。2025年に刊行された最新刊『あやかしたち』で第24弾を迎えました。そして、「しゃばけ」25周年のメモリアルイヤーを記念して2025年10月から、アニメ『しゃばけ』の放映もスタートし、AmazonPrimeでも視聴できます。仲間が増えたり、若だんな達が難事件珍事件に巻き込まれたり、しんみり、ほんわか、ドキドキがたくさん詰まった色とりどりの心模様に溢れたお話は、どこからいつ読んでも「しゃばけ」ワールドを楽しむことができます。

アニメ化を記念して、「しゃばけ」シリーズ第9弾『ゆんでめて』、そして「守り人」シリーズ『蒼路の旅人』刊行時に収録された作家・上橋菜穂子さんと畠中恵さんのスペシャル対談「世界を訪れ、物語を追いかける」を特別公開いたします。「守り人」「しゃばけ」2大シリーズの著者であるお2人による貴重な創作秘話をお楽しみください。

※本記事は「波」2010年8月号に掲載されたインタビューを再編集したものです。

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膝の上の物語

上橋 いま講義を終えてきたばかりなんですけど(※)、大学生たちに「しゃばけ」知ってる? って聞いてみたんです。そうしたら、百人くらいいる学生のほとんど全員が知っていて。読んでる人もかなりいましたよ。
畠中 上橋さんは、先生をされていらっしゃるんでしたね。たくさんの人の前でお話しできるということだけで、尊敬してしまいます。
上橋 授業をするのは楽しいんですけど、事務仕事がすっごく苦手なんですよ~。
畠中 テストの採点なんか、たしかに大変そうですね。
上橋 そう、大変なんです(笑)。ところで、一度畠中さんに伺ってみたかったんですけど、「しゃばけ」ってファンタジーだと思って書かれていらっしゃるんですか?
畠中 シリーズ一作目の『しゃばけ』は、新人賞に投稿するために書いたものだったんです。実際に執筆しているときには、ファンタジーを書いているという意識は全くありませんでした。書きあがってから、さて、どこに応募しようかなと。ミステリー系の新人賞に送っても、あやかしが出てくるので、はねられてしまうかもしれない。かといって、SFや純文学とも違う。それで、日本ファンタジーノベル大賞に、ここなら門前払いはされないだろうな、と考えて出しました。
上橋 そうだったんですか。でも、それはすごくよくわかります。私も、「ファンタジー」や「児童文学」を書きたいと思って書いてきたわけじゃないので(笑)。
畠中 そうなんですか!
上橋 児童文学を扱っている出版社に原稿を持ち込んでデビューしたので、書店の図書分類が児童文学になったのだけど、トールキンの『指輪物語』、サトクリフの歴史物語、『ゲド戦記』など、私が好きで、そういうものを書きたいと思っていた物語が児童文学に分類されていたので、その「枠」に持ち込みをしただけで。だから私も畠中さんと同じように、執筆中にファンタジーや児童文学を書いているという意識はないんですよ。
畠中 物語のジャンル分けって難しいですよね。それこそ、ファンタジーノベル大賞でデビューされた方たちも、純文学やSF、時代ものなど、デビュー以降に書かれている小説が、あらゆるジャンルに広がっています。
上橋 伝説や神話とも少し違うけれど、「ファンタジー」と括られている物語は、一番古い、むかしからあった物語の形式に近い気がしているんです。「しゃばけ」を読んでいると、むかし、おばあちゃんが膝の上に私をのせて、面白い話を聞かせてくれたときのわくわくする感覚を思い出して、とても心地いいんです。

イメージが降ってくる

畠中 私もファンタジーと呼ばれているもの、たとえば『指輪物語』なんかを読むのはとても好きだったんです。世界をまるごと構築する、ということに憧れもあって。自分でもそれをやりたいなあと思ってもいるんです。ただ、いざやるぞと考えたとき、時間や物の単位なんかをゼロから創っていき、説明的じゃないやり方で、読者の方に伝えるのが大変そうで、なかなかできずにいるんですけど。上橋さんの「り人」シリーズは、王国ごとに世界の決まり事が違っていて、しかも読んでいるとすんなりと頭に入ってくる。書き始める前に、設定や物語の全体的な構想をきっちりと作られているんですか?
上橋 それが、全く作っていないんです。編集者の方にも、全部書き終わった段階で初めてお見せします。だから担当の方も、どういう物語を私が書いているのかいつも知らないんです。
畠中 それは、すごいですねえ。
上橋 いきなりイメージが頭に降ってくる。強烈なイメージが三つくらい重なって、物語の全体像が形になって見えてきたら、一行目から書き始めるんです。メモをとると書けなくなるというジンクスがあるので、何かに書きつけるということもしないんです。たとえば、ある日車を運転していたら、こんなイメージが降ってきました。崖の上に女の人が立っている。目を閉じて、竪琴を弾いている。夜であたりは真っ暗。風が強く吹いている。向こう側の暗闇には、たくさんの目が見える。あそこに何かいるとすれば、これは相当に大きな獣がいるに違いない。そうか、この女の人は、獣を眠らせようと思って竪琴を奏でているんだ。そう思ったんですが、イメージはそこで消えてしまった。それ以外何も思い浮かばなかったから、放っておいたんです。しばらくたって『ミツバチ 飼育・生産の実際と蜜源植物』という本を読んだら、蜜蜂に興味を抱く女の子の姿が浮かんできました。そこで、つながったんです。この女の子が、いずれ竪琴を弾く女性に成長するんだって。どんどんイメージが降ってきました。そうして出来上がったのが『けもの奏者そうじゃ』です。

世界を訪ねる感覚

畠中 おお! あの物語は、そうやってできたんですか。なんだか恰好いいです。
上橋 畠中さんは、どういう感じで、小説を書き始められるんですか?
畠中 私は、最初に、いろんなシーンだったり出来事だったりのメモを書きますね。
上橋 メモは、文章の形で書かれる?
畠中 最初は小さなノートに、箇条書きで並べていきます。そこから矢印を伸ばして、イメージを広げていく。それを、上半分をあけておいたスケッチブックの、下の部分に書き写しながらつなげていきます。後でまた読み返して、上の空白のところに訂正をいれていく。最後にそれを章ごとにまとめていって書き出す。でも結局、そこで作ったものとは、全然違うものを書いているんですけど(笑)。
上橋 わかる、わかる! その感覚、すごくわかります。
畠中 どうせ違っちゃうんだからと、何も作らずに書こうとしたこともあるんですけど、そうすると、どうもうまく書けない。あるとき、ふと気がついたんです。メモをたくさん作ることは、何度も登場人物たちのいる世界を訪れることなんじゃないかって。その世界を訪問して、もぐり込んで、人物たちにふれて、またこちら側に戻ってくる。それを何回かやっておくことが、大事なんだなあと。毎回、構想とはズレていきますけど(笑)。
上橋 ズレていく、というのはストーリーが変わっていったり、登場人物の性格や行動が考えていたものと違ってくるということですか?
畠中 登場人物はあまり変わらないですね。ただ、言うことを聞かなくなって、暴れ始めたりしますけど。そういうときは、もう動かないでってお願いしても、だめです(笑)。
上橋 おまえはもう死んでいるっていっても、死なないみたいな(笑)。
畠中 不思議なんですけど、想像していたお話が崩れていって、あっちにいったり、こっちにいったりしながら、そこだけは動いちゃいけないという場所に、最後には落ちていってくれるような気がしています。