「たぶん、多重人格なんでしょうね」役者・脚本・演出の三役をこなす池田純矢が語った表現への熱意

そして、僕たちは舞台に立っている。

更新

 役者であり、脚本家であり、演出家。
しかし、そのスタイルに葛藤はないと語る若き表現者・池田純矢さん。
言葉で表現できない部分に命を懸けるその情熱の源とは。

(編集部注:インタビューはお稽古期間中に行ったものです)

 *****

言葉で表現できない部分こそ、表現したい。

 子供の頃は、小説家になりたかったんですが、思い返すと、小説を書くことが好きだったわけではなかったのかも。
 他人と理解し合うということがよく分からなくて、友達も出来なくて、だから読書でも映画鑑賞でも絵画でも、一人遊びばかりしていました。
 小学校2年生の時かな。いじめられていて、やり終えた夏休みの宿題を他の子に持っていかれちゃったんです。無事に手元に残ったのは絵日記だけ。絵日記と言っても、内容は全部空想、うそばっかりです。友達もいないのに、スーパーハッピーな夏休みの想い出を描いて、内容だってめちゃくちゃで。けどその空想絵日記を先生に「いいんじゃないですかね」って言ってもらえて。自分の創作物を認めてもらった原体験です。
 子供って単純だから、褒められたことを何度も繰り返しますよね。だから僕も何作も小説を書きました。褒めてもらいたくて、特別な人だと、才能があると思われたかったんじゃないかな。
 けど、僕は小説に向いていなかった。
 だからといって、芸能人やお芝居に興味があったわけでもなくて。この業界に入ったのもデビューのきっかけとなったオーディション「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」をはじめ、様々なご縁が重なったからですが、演劇の仕事をすればするほど、小説というツールは僕の表現したいことには向いていないと気付きました。
 今回の舞台「砂の城」では、作・演出・出演をしていますが、戯曲ぎきょくを演出して立体化させる過程で、役と作品そのものに色々な要素を肉付けして、舞台全体を掘り下げていきます。この向き合い方が僕には向いている。
 語彙力ごいりょくはあると自負しているし、言葉を扱うことに関しては多少人よりけているかもしれない。けど、言葉で表現できない部分こそ僕が表現したいことで、文字だけで表現する世界では、僕はのびのびできないんです。