“ノンケ”の彼を同性愛の世界に招いてしまった…「罪の意識」に苛まれる男性の姿などから「多様性の時代」に思うこと(Bookレビュー)
「いまは多様性の時代だから」こそ読んでほしい! 君嶋彼方『だから夜は明るい』刊行記念特集
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「いまは多様性の時代だから」。他人が誰を愛そうと、自身が愛する人が同性だろうと、多様な生き方が認められる世の中なのだ。そう思っていたとしても、自身が恋に落ちた相手が同性だったとき、迷いを持たずにいられるのだろうか。
君嶋彼方さんの新刊『だから夜は明るい』は、多様な生き方があると分かっていながらも、他人と比較してしまい葛藤を抱える人々の姿をリアルに映し出した連作短編集だ。
もし自分が同性愛者でなく異性愛者の“ノンケ”だったら、もし元カレと結ばれていたら、もし息子の連れてきた恋人が男性だったら……。多様な愛と葛藤を描く同作を、書評家のあわいゆきさんに読み解いてもらった。
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「いまは~~の時代だから」と口にしたことはないだろうか? 〈~~〉に当てはまるものは、SNS、風、冷笑、タイパ……とりあえずなんでもいい。心当たりのあるひとはきっと多いはずだ。
そのうえで問いかけたいのは、「いま」を定義づけることで、私たちはおのずとなにかを「過去」と比較してはいないだろうか? 確かに時代を定義すると、社会の流行や構図がわかりやすくなる。ただその反面、多くの場合「過去」として扱われる概念は古いと見做されて、「いま」に対応したアップデートを無言のうちに要求してしまう。
そしてこのとき浮上する問題が、二つある。ひとつめは、時代をなんらかのかたちで定義することで、定義から外れている/順応していない人々を抑圧してしまう可能性。そしてもうひとつは、日々更新されつづける「いま」の価値観に対して常に順応できるほど、人間が単純ではないところだ。
『だから夜は明るい』は、「いまは多様性の時代だから」——この言葉によって包括される多様な在り方を肯定する価値観と、にもかかわらず他者と比較して多様な在り方を否定しようとしてしまう私たちの内心を、鮮やかに描き切った連作短編集だった。物語の中心に立つのは、もともとヘテロセクシュアルを自認していたものの、同性の彼氏と付き合いはじめた西澤祥太だ。巻頭の第一話「ヴァンパイアの朝食」では、その彼氏にあたる柏木文也が語り手となる。文也はゲイバーで出会った西澤祥太と付き合い始めて三年になるが、祥太を同性愛者の世界に招いてしまったことに対して後ろめたさを抱いていた。そんななか、祥太の元彼女である今井美里と久々に会うことになる。
文也が抱いている後ろめたさに対して、「いまの時代、男同士で生きることについて悲観的になる必要はない」などと声をかけるのは容易い。あるいはその声かけに対して、クィアな人々ばかりがクローゼット/カミングアウトの選択を迫られたり、法律上の不平等がある現状を指摘もできるだろう。しかし、文也が陥っているのはそうした状況をすでに見知ったうえで、それでも脳の奥に根差している思想との矛盾なのだ。祥太が彼女と付き合って、結婚して、「普通」とされる人生を送っていたらもっと幸せだったのではないか——祥太を大切に思っているからこそ異性愛と同性愛をどうしても比較してしまい、同性愛を劣位に位置付けてしまう罪の意識にこそ文也は苛まれる。








