シリーズ最終にして怒涛の最高傑作! 桐野夏生最新長編『ダークネス』【試し読み】⑩
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桐野夏生の江戸川乱歩賞受賞作『顔にふりかかる雨』で登場した主人公・村野ミロは、桐野氏の原点ともいえます。
その後いくつかの作品で活躍したミロは、およそ20年前の『ダーク』を最後に姿を消しますが、今回『ダークネス』で戻ってきました。
60歳になって――息子を守るための、ミロ、最後の闘い。「これを書くまで死ねないと思っていました」と桐野氏が語る本作を見逃さないでください!
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一時間後に、ミオがやって来た。ノーメイクのところを見ると、どこにも出かける予定はなさそうだ。先夜はろくに話もしなかったので、自分のルーツについてもう少し訊いてみようと思ったが、ミオは相変わらず口数が少なく取りつく島がない。
「はい、二十万ね」
ミオに現金が入った銀行封筒を渡された。礼を言った後、念のために中身を覗いたら、ミオが訊いた。
「ハルオ、何でバイト辞めたの?」
「意地悪なおっさんがいてさ。熱中症になりそうだからだよ」
「あんたが熱中症になるわけないじゃない」
ミオがフローリングの床にぺたんと座って笑う。
「何でそう言い切れる?」
「あんたは、こんな小さな子供の時から、人一倍用心深いもの。公園の滑り台だって、他の子が滑って安全なのを確かめてから滑ってた」
「マジか。どうして俺は、人一倍用心深いんだと思う? 誰に似たんだろう。ミオか?」
「さあ、誰だろう。誰でもないんじゃない」
ハルオがカマをかけたのに、ミオはその手に乗らないとばかりに首を傾げた。
「俺の父親は誰かわからないって言ったくせに、誰にも似てないなんて、断言していいのかよ」
「仕方ないよ、わからないもの」
ミオは動じない。
「ててなし子の俺にとって確実な親は、ミオだけってことか。完全な女系か。通い婚ってやつだな」
「そんなに父親のことを知りたいの? 意外だな」
ミオが呆れたように言うので、ハルオは抗った。
「知りたいに決まってるだろう。好奇心以外の何ものでもないけど、俺のルーツだよ。今は遺伝子検査するだけで、その子供が将来かかる病気のリスクから、寿命までわかるんだ。俺が自分のこと知りたいの、当たり前だろう」
しかし、そのルーツがろくでもないものなら、俺はどうする。実父が人一倍用心深く、女とのしがらみは切れず、嘘吐きで計算高い、自分のような男だったら。
ハルオは不安になったが、ミオは笑いを浮かべたまま何も言わずに立ち上がった。この話をしたくないんだな、とハルオは思う。
その時、ミオがデスクの上に置いてある鄭の名刺に目を留めて、汚いものに触るかのように指先で摘まみ上げた。
「この名刺、どうしたの?」
ミオがハルオの方を見下ろして訊ねる。
「ゴルフ場の客にもらったんだよ。一緒に来てたのが、大学の同級生だったから挨拶したら、くれたんだ」
「同級生って?」
「比嘉由惟っていう、比嘉外科病院の娘だよ」
「この人、その子の知り合いなの?」
いつになくミオが執拗に訊くので、ハルオは違和感を覚えた。
「まさか、その人はそんな若くない。その子のオヤジの知り合いだよ。年頃もそのくらい。何でそんなことを訊くんだよ?」
「鄭って珍しい名字だから」
「中国人かな」
「さあ、台湾の人じゃないかしら」
ハルオが、いつも行く台湾料理の店のことを思い出していると、ミオが名刺をこちらに見せながら言った。
「ハルオ、これもらっていい?」








