ミロも久恵も私だった――23年ぶりに村野ミロが登場する長編『ダークネス』について、作家・桐野夏生さんが語る
更新

桐野夏生さんの実質的なデビュー作である、1993年の江戸川乱歩賞受賞作『顔に降りかかる雨』で鮮やかに登場した村野ミロ。その後も続いたミロ・サーガは、前作『ダーク』で終わったかと思われた。しかし最新作『ダークネス』で、60歳になったミロが帰ってきた。誰も知る人のいない沖縄で、息子のハルオと二人、ひっそりと暮らしていたのだ。しかしなんの運命か、ハルオの偶然の出会いから、かつての宿敵、久恵や山岸たちがミロの元に忍び寄る……。『ダークネス』執筆の動機や書く過程で発見したことについて、桐野さんにお聞きした。(聞き手・佐久間文子)
※本記事は「小説新潮」2025年9月号に掲載されたインタビューを再編集したものです。
*****
――続篇執筆は、『ダーク』を書いているころから考えていらしたのですか。
『ダーク』を書き終わったときに「続篇を」という声はよく聞きました。私自身は「ミロの物語はこれで終わり」と決めていたのですが、一方で「ハルオの物語を20年後に書くのもいいな」という気持ちもありました。
今回、「小説新潮」から連載のお話をいただいたときに、版元は違うけど『ダーク』の続篇はどうでしょうと言ったら、ぜひ書いてくださいということになりました。
――『ダーク』が2002年に出て、『ダークネス』の連載が始まったのが2022年。ちょうど20年後ですね。
「20年後に書く」とは思ったものの、こんなにぴったりの時期になるとは思いませんでした。30年以上書き続けているからこういう仕事の仕方もできるわけで、自分自身、感動しましたね。とはいえ、あんなかたちで捨てたはずのミロをまた拾うことになるとは、という気持ちもあります。
――『ダーク』はミロ・シリーズの中でも異色作で、ミロは、自分が愛した男の死を隠されていたことへの怒りから、心臓発作で苦しむ義父を見殺しにし、金を持ち逃げし、人を殺す。探偵だったミロが罪を犯し、ダークサイドに堕ちる姿が描かれています。
久しぶりに読み返して自分でもびっくりしました。ミロ・シリーズを書くのをやめたいと思って、めちゃくちゃに破壊しようとしたんですね。自分がつくり出した主人公や作品世界をここまで壊すというのは、作家がめったにやらないことだと思います。
私の中で、ミステリーとおさらばしたいという思いがつよかったんですよ。当時はミステリー全盛期で、作家・批評家・編集者がすごく権力的で。直木賞を受賞した私の『柔らかな頰』なんか、「これはミステリーじゃない」と散々言われました。伏線を張って、犯人捜しをするのがミステリーだと言われても。不自由な気がして、嫌になったんです。『ダーク』を読むと、行く手を邪魔するものへの怒りがすごくて、自分でも怖いぐらいです。
いまはあんまりジャンルなんてうるさく言わないじゃないですか。
――桐野さんたちの仕事があって、特定のジャンルにとどまらず横断的に執筆するスタイルがいまは割とふつうになった気がします。20年という時間をへてまた書いてみようかと思うほど、村野ミロは、やはり桐野さんにとって特別な主人公なのでしょうか。
『ダーク』の時は、ミロを早く捨て去りたい、忘れ去りたいと思ってたんだけど、自分が築き上げた作品世界というものは、結局、ついて回るんですね。自分が焼き払った焼け跡から何が生まれるのか、ちょっと見たかったというのもあります。母親になったミロが何を思って生きてきたのかも考えてみたかった。考えてみたい、というのは書いて考えたいということだから。
――そのあたりは『ダークネス』の、ミロたちが過去に追いかけられるような展開とも重なるところがありますね。
小説と現実ってまったく関係ないようで、実は関連があるんですよね。虚構と現実がリンクすることって、小説を書いていると結構、あります。
ミロに関しては、30年以上で6作書いたわけですけど、その世界の広がりをどんどん作っていっている感じがします。ある人を知って、その人間の過去を少しずつ知っていく。現実を生きるのと同じように。
――『ダーク』の中の「40歳になったら死のうと思っている」という印象的なミロの述懐が、『ダークネス』でもくりかえされます。ハルオの存在がミロを60歳まで生き延びさせますが、大人になりつつあるハルオは出自を知り、ミロは息子に裁かれる自分を予感する。母と子の愛憎の物語が、ミロとハルオ、二つの視点で進行します。
二視点なのですが、ミロは一人称で、ハルオのパートは三人称で書いています。ミロも三人称に合わせたほうが整うと思ったのですけれど、これまでミロを主人公にしたシリーズは一人称で書いてきたので、一人称のほうがミロらしいと思いました。ミロから見ればハルオもひとりの他者ですしね。
――ハルオの運命は過酷です。ミロと二人、しがらみをつくらず小さな繭の中にいるように暮らしてきたのに、自分のルーツを知りたくて外の世界に目を向け、父親と母親との間に起きた凄惨なできごとを知ってしまう。その後、父親の親族に引きあわされますが、そこでもひどい目に遭って。
「悪を旅する」とか言ってますね。でも、結局ボコボコにされてしまう。彼がどんな人生を選ぶかについては書きながら考えました。たぶん、ミロとは離れていくだろうと思ったのと、父親についてもやっぱり知りたいだろうな、と。
ミロはミロで、ハルオには自立しろと言いつつ、息子が自分から離れていくのが怖くもある。やっぱり簡単には割り切れないですよね。産んだ時点でもう敗北してます。子どもは、いちばんの弱みになってしまうので、ミロでさえも、迷い、惑い、悩む姿を描いています。男は切れても息子は切れないですから。
――キラー・フレーズですね。「父殺し」であるとか、復讐として目をつぶすとか、血縁と知らず異性として惹かれるとか、ギリシャ悲劇を思わせる劇的な展開も見られます。
言われてみればそうかもしれません。
ハルオは出自を知れば知るほどいろんなものにからめとられていくんだけど、ミロはまったくからめとられず最後まで一人のままです。『ダーク』でミロを守って二人の追手を殺し、刑務所に収監されたジンホとも気持ちがすれ違っていきますし。ジンホは器が大きくて、ミロを裏切ったりはしないけど、ミロにはハルオがいて、二人の密な関係にジンホは入れないですからね。
――シリーズ2作目の『天使に見捨てられた夜』からの登場人物である友部(トモさん)、『ダーク』から加わった、義父・村野善三の愛人である久恵は、20年たってもミロを追いかけています。
この二人は、ミロと知り合ったがためにどんどん悪くなっていますね。トモさんなんて昔はすごくかっこよかったのに(笑)。トモさんが異性愛者だったら、ミロも好きになっていたぐらいの男なんだけど、良き隣人であったトモさんがここまでひどい男になるとは、書いた自分でもびっくりしてます。
登場人物を壊してやろうという傾向は『ダーク』の前からあって、『ローズガーデン』で村善のことをめちゃくちゃに書いた時も、すごく顰蹙を買いました。村善を好きだという人は結構、多かったので。
なかでも一番ひどいのが久恵ですよね。久恵という人物をつくり出したとき、すごくラクになったんです。邪悪で醜い久恵の心は私自身にもあるみたいな、そんな気持ち。
――久恵は、ミロの半身のようにも見えました。
そうね。最後にミロも、復讐心に囚われている久恵を見て、「久恵は私だ」って気づきますよね。だからたぶん、ミロも久恵も著者の私なんでしょうね。彼女たちは、どんなにひどい目に遭っても乗り越えていくじゃないですか。私はそういう、乗り越えていく人間が好きなんだろうと思います。
小川哲さんと対談したときに言われてはじめて気づいたんですけど、ミロ・シリーズの登場人物にはマイノリティーが多いんですよ。トモさんが同性愛者、久恵が視覚障碍者で、鄭(健栄)が在日台湾人。ミロも女性ですし。マイノリティーって、映画なんかでも少数者として割といい役になるのにって。こんなひどい役ばかりの作品はなかなかないでしょうね。
小説を書くときは、展開をあまり決めないで、作品世界に登場人物を放り込んでおくとある程度、勝手に動いてくれる感じなんですけど、自分でも意外だったのは、ハルオの同級生で彼に好意を寄せる由惟との関係性です。書いていて、どうしてこういう設定にしたんだろうと思いました(笑)。
『ダーク』の激しさと怒りがなかなか自分に戻ってこなくて、その点では苦労しました。弟をミロに殺されて復讐に燃える山岸なんて、どうやってこの男の悪を書けばいいのか、とまどったほどです。
ハルオは書きやすかったのですが、ミロの気持ちがわからなくなったかもしれません。妙にもののわかったおばさんになってしまっては嫌じゃないですか。ハルオを産んだことで、ダークサイドの反対、ブライトサイド? のミロになっちゃったんだなというのは感じました。
――『ダークネス』のさらに続篇を書くことはありえますか?
考えてなかった。でも「ダーク」ってバーもつくっちゃったし、ミロの人生はこの先も続くんだと思います。自分の中だけで想像を楽しみます。








