「日本ファンタジーノベル大賞2026」選評
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2017年に前身の「日本ファンタジーノベル大賞」の衣鉢を継ぐ形で復活して以来、最終候補作のレベルの高さで各選考委員を唸らせ、毎年、気鋭の受賞者を世に送り続けている本賞。
恩田陸さん、森見登美彦さん、ヤマザキマリさん、3人の選考委員による最終選考会は混迷を極め、激論の末、加賀谷きよいさんが書かれた令和によみがえる酒呑童子伝説『朱天の都』(新潮社刊より刊行)が「日本ファンタジーノベル大賞2026」を受賞しました。
選考委員は最終候補作をどう読んだのか――。新人賞を目指す皆さん必読の、深く鋭い選評を特別公開いたします。
※本記事は2026年「小説新潮」12月号に掲載された記事を再編集したものです。
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ファンタジーだからこそリアルを 恩田 陸
この賞の選考をしていてしばしば感じるのは、「ファンタジーなのだから、お話のプロットや登場人物の思考回路を単純化してもいい」と作者が考えているのではないか、と思える部分が散見されることだ。たとえ「この世界ではこういうものなんです」というのがあるにしても、異世界なら異世界なりの思考回路や、世界を構築する複雑に絡み合う要因があるはずだ。そこのところを想像できるように描いてもらわないと、読者は突き放されたままで、なかなかお話に入りこめない。
『夢を見ている』
冒頭、いかにも「ファンタジー」な場面から始まるので、これも型どおりか、と思いきや、それが夢の中のことだと判明する序盤は面白い。だからこそ、夢の中のシーンはよりリアルに、くっきりと目に浮かぶような描写が欲しかった。そうすることで初めて、現実世界との落差が際立つはずだ。ところが、夢の中の世界と現実との違いがあまり感じられないので、全体としてメリハリのないのっぺりとした印象になってしまった。夢の中の世界で生きることを選んだ人たちを、夢に介入して目覚めさせる、というのはよくある設定である。それを除けば、この小説はシンプルなミステリーで、想像どおりの展開、想像どおりの結末に落ち着いてしまっている。既にいくつもの名作がある前提で描くのであれば、夢と現実の世界の描写なり、夢介入の技術なりをしっかり描いてほしかった。
『我が身を狐って人の痛さを知れ』
私の個人的な意見であるが、新人賞に小説を応募する時に、創作論、特に小説論をテーマにするのは避けるべきだと思っている。この作者は、以前「芸術と狂気」をテーマに作品を応募してきた方なのだが、今回は、ズバリ小説論が主たるテーマで、つまりは「小説家になりたい」ということを全編で声高に叫んでいるのだ。「小説家になりたい」のと、「小説を書きたい」のには、似て非なる部分があって、創作への情念と熱意は買うけれども、まずは、物語をしっかり語ってみせるべきだと思う。
「狐を落とす」のが、登場人物それぞれの持つトラウマを昇華させる、という暗喩になっているのは、悪くない設定だと思う。問題は、結局、登場人物みんなが「小説を書くこと」に多大な期待を抱いており、それも彼らのトラウマを昇華させる手段、小説を書くイコール「狐を落とす」手段になってしまっていて、これまた作中でも、物語を語ることが目的にはなっていない、ということだ。
自分と小説との関係を語ることはいつでもできるし、きちんと物語を語っていけば、おのずと作者の小説観は読者に伝わる。「小説を愛しているんだ」と叫ぶのではなく、まずは愛される小説を書いてほしい。
『天を朱に染め―御伽草子異聞―』
こうして何年も応募作品を読んできて、いかに見たことのない世界を新たに造り出すのが難しいかを痛感させられてきたので、古典のフォーマット、中でも説話というものはつくづく強い、と、この作品を読んで改めて思った。
酒呑童子の説話を下敷きにした作品であるが、おなじみのキャラクターの肉付けがいきいきとしていて、おかしみもあり、読んでいて素直に楽しめた。フレームとなっている部分のオチも好感が持てる。気になったのは、「かなりの人間が鬼化し、鬼と人間の都になった」と思われるのだが、それがお話の中の「今」にどう繫がっているのか、その後どうなったのかが描かれていないところだ。それでも、お話としてよくまとまっていてエンターテインしていたので、この作品を推した。毎度のことながら「目新しさはないのだが」と言わざるを得ないのは残念であるが。
『白花に捧ぐ影』
舞台となる国のサイズ、世界の設定が今ひとつよく分からなかった。人口はどれくらい? 首都の規模は? 影を喰らうのは国じゅうで彼の一族、彼一人だけなのか? 他にもいるのか? レトロな日本のような風景だが、いっぽうで中国のような地名もあるし、昭和のようでもあり、もっと昔のようでもあり。
「影を喰らう」とその人の存在の痕跡自体がなくなってしまうという。これはお話を書く際に、あちこち矛盾が出てきて整合性を取るのがとても難しい、たいへんに難度の高い設定である。このような、皆が疑心暗鬼になっていてもおかしくない状況の割に、登場人物の反応もやや幼く、通り一遍のものに思える。
もしもこの作品をガチのSFの賞に応募するのであったら、このように技巧を要する難しい設定は選ばなかっただろう。このあたりに、「ファンタジーというジャンルなんだから、細かいところはなんとなく緩くても大丈夫だろう」という無意識の期待があるのでは、と感じてしまうのだ。
後半のバトルの部分は面白く読め、筆力はある人だと思った。世界の設定がもっとしっかり作りこまれていれば、この部分はより面白くなったはずだ。
今回で九年間務めてきた選考委員を退任することになった。選考委員になってから「ファンタジーノベル」をどう定義するかをずっと考えさせられたし、自分が書いているもの、書いてきたものについて、自戒を込めて振り返る機会にもなった。まだまだ賞は続くし、まだまだこのジャンルの開拓の余地もあると信じている。これまでに受賞した皆さん、これから受賞する皆さん、今後もご活躍を期待しています。








