【試し読み】平野啓一郎最新短篇集『富士山』⑤「ストレス・リレー」
更新
人から人へと感染を繰り返す「ストレス」の連鎖。それを断ち切った、一人の小さな英雄の物語。
羽田に降り立ったシアトル帰りの男は、駐在先から持ち帰ったストレスを、蕎麦屋の店員・亮子にぶつける。娘の子育てに悩む亮子は、深い憂鬱に見舞われながら、しつこい同窓会の誘いを無視する。その些細な行動が招く、思いがけない出来事の連鎖。
平野啓一郎さんの最新刊『富士山』(10月17日発売)は著者10年ぶりとなる短篇集。ごくありふれた人物の「あり得たかもしれない人生」を描いた5つの短篇作品の、それぞれ冒頭部分を5日間連続配信します。第5回は「ストレス・リレー」です。
平野啓一郎さんからメッセージです。
「あり得たかもしれない幾つもの人生の中で、何故、今のこの人生なのか?──幸福の最中にあっても、不幸の最中にあっても、この疑問が私たちの心を去ることはないだろう。誰かを愛するためには、自分の人生を愛せないといけないのか? それとも、自分の人生を愛するために、私たちには、愛する誰かが必要なのか? 些細なことで運命が変わってしまう。これは、絶望であるかもしれないが、希望でもあるだろう。私たちの善意は、大抵、ささいなもののように見えているのだから。私たちが前を向くきっかけは、確かに、どこにでもあり得る」
読者の皆様からも「ウイルスのように伝染するストレスが目に見えるようだった。」「あの時期は、コロナウィルスより先に不安が感染していた。その社会を皮肉ったコメディのよう」との声をいただいている話題の短篇をお楽しみください。
*****
ルーシーは、英雄である。しかし、彼女はそのことに気づいておらず、周りの誰もそう思っていない。つまり彼女は、文学の対象であり、小説の主人公の資格を立派に備えているのである。
彼女の英雄性を示す物語は、どこから始めても恣意的であろうが、ひとまず、二週間前のシアトルに遡るのが良いだろう。
1
小島和久は、ルーシーとは、縁もゆかりもない男である。多分、一生、顔を合わせることもなく、どこかで偶然、擦れ違ったとしても、お互いに何とも思わないに違いない。
しかし、追跡可能な範囲では、この物語の発端に相応しい人物である。
彼は、機械メーカーの社員で、今年四十四歳である。五年間の予定のシアトル勤務も、残り一年弱というタイミングで、「話がある」と急に本社から呼ばれ、一時帰国するところだった。理由ははっきりと告げられていない。が、いずれ、人事に関することであり、あれこれ考え出すと気が重かった。それとも、あの話だろうかと、こちらで隠している事柄が幾つか、思い当たらないでもなかった。
午前十一時半発のフライトで、今日は八時半に自宅を出て、タコマ国際空港まで自分で運転をした。妻と中学生の娘は、留守番である。
途中、かつての日系移民たちが「タコマ富士」と呼んで祖国を偲んだというレーニア山を眺め、いつになく感傷的な気分になった。
昨夜は、溜まっていた仕事を終えられず、深夜二時まで起きていた。機内で寝るつもりだったが、急なことで、エコノミー・クラスの真ん中の座席しか取れず、先が思いやられた。
搭乗手続きを早々に済ませ、税関を通ってから、彼は、飛行機が一時間遅れていることを知った。ラウンジを使えないこんな日に限ってと、わざと汚い英語で独り言を言った。搭乗口も変更されており、随分と歩かされた。
トローリー・ケースを引っ張りながら、本社での話によっては、残り一年をそう楽しい気分では過ごせなくなるだろうということを考えた。
ロックが好きで、昔からアメリカ暮らしに憧れていて、赴任してすぐに、一人で、郊外のグリーンウッド・メモリアル・パークにジミ・ヘンドリックスの墓参りに出かけた。
墓石そのものは案外、小さかったが、ドーム型の霊廟に蔽われていて、壁面の肖像画には、無数のキスのあとが残されていた。それを見て、アメリカだ、と感動し、FBで写真をシェアして、日本の昔のバンド仲間に羨ましがられたのが懐かしかった。
恐らく、海外赴任はこれでお終いだろうが、日本の凋落は、外から見ると気が滅入るほどで、駐在員たちとは、酔うといつも「憂国」談義になった。妻も子供も、ここでの生活を気に入っていて、今回の一時帰国に不安な予感を抱いている。
仕事を変えてでも、アメリカに残る方法を考えるべきだろうか。……