『言語の本質』の著者・今井むつみが『会話の0.2秒を言語学する』で知った〈言語を話せる人間の凄さ〉とは【BOOKレビュー】
『会話の0.2秒を言語学する』水野太貴 特集 「0.2秒」をさらに言語学する
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会話で相手と交替するまで平均0.2秒。この一瞬にどんな高度な駆け引きや奇跡が起きているのか――
言語学の歴史を大づかみに振り返りつつ、「食べログ」レビューからお笑いに日銀総裁の会見、人気漫画まで俎上に載せ、日々の言語学をわかりやすく伝える、YouTube登録者数38万人超の「ゆる言語学ラジオ」スピーカー・水野太貴さん待望の書き下ろし『会話の0.2秒を言語学する』。
刊行前からすでに1万3,000冊以上の予約が殺到し、発売前重版でも話題になり、遂に3万部を突破しました!
本作に、著書『言語の本質』(秋田喜美さん共著)が2024年新書大賞に輝いた今井むつみさんが書評を寄せてくださいました。
※本記事は「週刊新潮」2025年9月4日号 に掲載された書評を再編集したものです。
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言語化という言葉が大はやりだ。自分の気持ちを上手に言語化したい。普通の人にはできないすごい技を言語化したい。しかし、人間ならだれでもできるスゴイことがある。言語を使えることである。そして、様々なことの言語化の中で、言語の言語化――言語を使うときに頭の中で起こっていること――がもっとも難しいということを知っている人はめったにいない。この難題に果敢に挑んだのが、軽妙な語り口で言語を伝える人気YouTube番組のパーソナリティの水野太貴氏だ。氏は言語の職業研究者ではない。しかし「ゆる言語学ラジオ」の軽妙なテイストを期待して本書を手に取ると、中身の濃さに打ちのめされるかもしれない。夜も昼も言語のことを考えている言語オタクが本気で書いた「ガチ本」だ。
私たちは言語を空気とおなじくらいあたりまえだと思い、言語を話せる自分の凄さをわかっていない。著者は普通の人が会話をするときにまったく気づかないで行っている様々な「すご技」を拾い出し、スポットライトをあてていく。なぜ文法が必要なのか。なぜ私たちは「ネコ」が何であるかわかるのに、「ネコ」の意味を説明できないのか。「あのー」と「えーと」を人はどのように使い分け、「この時はこっちが自然」ということがわかるのか。
しかし、一番の不思議は会話をするときに人が頭の中でしなければならない諸々の要素の多彩さとスピードだ。この能力というのは何に例えたらよいのだろう。総合格闘技だろうか。ただ、格闘技では技を逐次に繰り出す。ケリと一本背負いをまさか同時にはできない(だろう)。しかし、言語を使いこなすためには、文の構造を解析し、単語の意味を理解し、文全体の意味を理解し、さらに相手がなぜそういうことをいうのかという意図を考え、その上で虎視眈々と自分が相手からターンを引き取る瞬間を狙う。この一連の複雑な計算と判断を電光石火のスピードでパラレルに行うという離れ業をし続けているのである。そう考えると言語の使い手は、小学生でさえ、総合格闘技の選手よりもっとすごいことをやってのけているのだ。
言語は複雑すぎ、構成要素が多すぎて、研究者ではその全てを扱うことはできない。本書は研究者でない言語オタクだからこそ書ける本で、数多の言語学者が生涯をかけて明らかにしてきたジグソーパズルのたくさんのピースを集めて一幅の絵にしてくれた。その絵のタイトルは「言語」というより「人間」である。
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いまい・むつみ 1994年米ノースウエスタン大学心理学部Ph.D.取得。専攻は認知科学、言語心理学、発達心理学。秋田喜美氏との共著『言語の本質』が「新書大賞2024」を受賞。








