動画の「倍速再生」で失われる「沈黙」の重要性とは…時間の主導権を握ったはいいが、それに無自覚な現代人への処方箋(Bookレビュー)
『会話の0.2秒を言語学する』水野太貴 特集 「0.2秒」をさらに言語学する
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会話で相手と交替するまで平均0.2秒。この一瞬にどんな高度な駆け引きや奇跡が起きているのか――
言語学の歴史を大づかみに振り返りつつ、「食べログ」レビューからお笑いに日銀総裁の会見、人気漫画まで俎上に載せ、日々の言語学をわかりやすく伝える、YouTube登録者数38万人超の「ゆる言語学ラジオ」スピーカー・水野太貴さん待望の書き下ろし『会話の0.2秒を言語学する』。
同書を読んで、動画の倍速視聴で私たちが何を失ったかを考えたと語るのは、書評家の渡辺祐真さん。「本を読み慣れていない人、読書時間の調整が苦手な人にはうってつけだ。」である理由とは。
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倍速視聴で何が失われるのか
映画や映像コンテンツなどの倍速視聴が当たり前になった。
クロス・マーケティングが行った「動画の倍速視聴に関する調査」を見ると、2021年では「倍速視聴の経験あり」が全体の34.4%だったのに対して、2024年には47.0%に上昇している。
ひと昔前ならば、映画もテレビも、決まった期間や場所で、決まった速度で見るしかなかったことを考えれば、大きな変化だ。
かく言う私もかれこれ十年近く倍速視聴をしているのだが、長らく倍速視聴について何の罪悪感も、何の損失感も感じていなかった。
以前は倍速視聴で損なわれるのは、速度だけだと思っていたのだ。
しかし最近、それは違うと感じるようになっている。どうやら速度は質でもあるらしい。
分かりやすく言えば、映像の画質(画素数や解像度)と同じだ。画質を下げるのは単なる量(数字)の問題かもしれないし、見えている物だってある程度同じだ。
しかし気になる人からすれば全くの別物だし、気にならないと言う人も意識していないだけで体験の質は下がっている。
時間も全く同じである。
時間には、時間以外には還元できない独自の質がある。ストーリー、BGM、役者の演技といったものと同じ大事な要素なのだ。それらとの総合で鑑賞体験の質が決まる。
問題は、そのことについてどれほど自覚できているかだ。
我々はあらゆるコンテンツから、突如として時間の主導権を奪い取ってしまったため、その扱い方に無自覚なのだ。時間(速度)をただ調整可能な装置として、軽視しすぎているように思う。
なんとなく自分の理解が追いつく速さとか、とりあえず1.25倍くらいにしておくかとか、情報摂取として受け取れればいいかなどと、時間とコンテンツの関係を深く考えることなく、時間の主導権だけを振り回してしまっている状態なのではないだろうか。
水野太貴『会話の0.2秒を言語学する』
なぜこんなに時間の主導権のことを考えるようになったかと言えば、ある本がきっかけだった。
それは、水野太貴『会話の0.2秒を言語学する』(以下『0.2秒』)である。
言語学に関するPodcast・YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める水野太貴による初の単著であり、そのテーマは、会話の間に生じる0.2秒の謎だ。
AさんとBさんとの会話の場面を想像してほしい。
Aが発話をする。すると頃良いところで、Bが話しはじめる。そしてBが話しおえる頃に、Aが口を開く。
AとBの発言の切り替え時には何が起こっているのだろうか。いくつか挙げてみよう。
(1)相手の発言内容の理解
(2)相手の発言が終わった、または自分が話してもいいというタイミングの見極め
(3)相手の発言を受けて、自分が何を話そうかという内容の決定
(4)実際に話す
少なくともこれだけのことをしているのだ。
ではこれらをいったいどれくらいの時間で処理しているかというと、なんとわずか「0.2秒(200ミリ秒)」なのである。(厳密には、相手の発言中から①や③は行われているので、もう少し長い)
本書ではこの0.2秒の間に起きている処理や工夫を、言語学のさまざまな知見を用いながら、楽しく分かりやすく突き止めていく。(しかも「語用論(言葉の実際の運用)」「文法論」「意味論」「オノマトペ」など、言語学の基本的なトピックを押さえられるのも魅力だ)面白いのは、タイトルに「言語学」が含まれているのにもかかわらず、主題は「言葉がない沈黙」に定められていること。
美術で言えば、輪郭を描くことでその本体を浮かび上がらせる水墨画(鉤勒法)特にのように、言葉を徹底的に論じることで沈黙を際立たせるのである。
この発想が見事と言わざるを得ない。








