『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』第1章 試し読み【2】
【試し読み】アニメ化決定!『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』第1章
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ひらりと手を振ると、恵梨香は呆れたように肩を竦めた。前髪に隠された眉は、きっと顰められている。
「黒部さんはいつもそうなの?」
「舞奈でいいよ。苗字で呼ばれるの、変な感じするから」
「あー……分かった。舞奈ね、舞奈」
自身の名が呼ばれたことに、舞奈は込み上げる笑みを我慢できなかった。何笑ってんの、と恵梨香が訝しげにこちらを見る。にんまりと口角を上げ、舞奈は素直に自身の心情を口にした。
「私、こっちに友達とかいないから。だから、今日こうやって恵梨香と会えて良かった。明日、同じクラスになるといいねぇ」
「ま、普通科は二クラスしかないから、可能性は五〇パーってとこかな」
そう言って、恵梨香は転がる小石を軽く蹴った。ビーチサンダルに当たった小石が、ぱしゃりと水面に波紋を作る。舞奈は膝を折ると、スタンドに置かれたカヌーを指さした。相当に磨き込まれているのか、その表面はうっすらと光沢を纏っている。
「さっきさ、恵梨香言ってたよね。これはボートじゃないって。そもそもカヌーとボートって何が違うの?」
「カヌーは前向きなスポーツです、ってよく言うね。見分け方としては、前に進むのがカヌー、後ろに進むのがボートって感じ。乗ったことある?」
「ボートだけ、昔」
「じゃ、あんま分かんないか。ボートだとオールを使って漕ぐでしょ? 両手でばしゃばしゃって。でも、カヌーは一本だけで操作するの。パドルって言うんだけどね」
これ、と恵梨香が棒状のパーツを差し出した。これがパドルか、と舞奈はしげしげと観察する。棒の両端にはゴムベラのような平べったいパーツが角度を変えてくっついていた。