『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』第1章 試し読み【3】
【試し読み】アニメ化決定!『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』第1章
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翌朝。自転車のサドルに跨り、舞奈は思い切りペダルを踏みこむ。濃紺のブレザーに、ブルーのラインが入ったワイシャツ。チェック模様のスカートが、立ち漕ぎする度に大きく揺れた。
「本当に来たんだ」
こちらの姿を見つけて早々、制服姿の恵梨香が可笑しそうに口端を釣り上げた。舞奈は頬を膨らませる。
「約束は破らないよ、私は」
「みたいだね。じゃ、これから頑張りますか。ちゃんとついてきてよ」
「はーい」
恵梨香の跨る自転車のフレームは、色鮮やかな青色をしていた。彼女の長い脚に合わせたのか、その車輪は舞奈のものより二回りほど大きい。恵梨香の逞しい足が車輪を一巡させて進む間に、舞奈は何度もペダルを漕がなければならなかった。小さな車輪で彼女に追いつくには、回転数で稼ぐしかない。
「大丈夫?」
走行しながら、恵梨香がこちらに声をかける。平気、と応じながら舞奈は彼女の背を追いかけた。荒川沿いに続く長い斜面は、上がったり下がったりを繰り返している。橋を渡ると、吹き付ける風が轟々と物騒な音を立てていた。眩く光る朝日が、新緑に満ちた山を照らし出す。露草色に染まる空気を吸い込めば、ツンと冷えた感覚が戯れに肺の奥を突き刺した。
「桜、すごいね」
周囲に視線を巡らせながら、舞奈は大きく声を張る。細く伸びる枝の先には、ふっくらとした薄桃色の花が色付いている。立ち並ぶ木々はそれぞれに顔が違い、未だ開花していないものから既に葉をつけているものまで様々だ。
「ヤマザクラだからね。ここらへん、結構多いの」
「誰かが植えたの?」
「勝手に生えてるんじゃない? 野生の桜っぽいし」
「桜にも野生とかあるんだね」
「当たり前じゃん、何言ってんの」
下り道に入り、恵梨香がペダルから足を浮かせる。滑り降りる自転車は徐々に加速していき、向かい風が開いた目の中に飛び込んでくる。外の音が遠くなり、速くなる感覚だけが確かな実感を持って手の中に張り付いていた。ドクドクと高鳴る心臓が、不安がる脳味噌を麻痺させる。楽しい。湧き上がる衝動のままに笑い声を上げると、前を行く恵梨香がはしゃぐような歓声を上げた。