こいごころ

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 鳴家達は仕方なく、その僧のことは、鳴家も大好きだと言い出した。
「でも坊様の名前、知らない」
 聞いていた皆が、目を丸くする。
「鳴家が大好きな僧? 寛朝様と秋英さん以外に、馴染んだ僧がいるのか?」
 屛風のぞきだけでなく、部屋中の皆が首を傾げる。鳴家達が頷くと、高らかに声を合わせた。
庫裏くりにいる僧。寺の台所で、ご飯を作ってる人。分けてくれる人が、一番好き!」
「えっ…あーっ、確かに」
 一寸目を見合わせてから、直歳寮の部屋内が沸き返り、寛朝が弟子を見た。
「田貫屋も、庫裏から運ばれた飯を食べておった。そうだな、飯を作った僧に、よく会ってただろう。馴染みになっただろうし、腹が空いた時、田貫屋は庫裏へ行ったかもしれん」
 おつなど貰った時、僧と妖であっても、あれこれ話をするだろう。その間に庫裏の僧は、金印の事を承知したに違いない。
「いや、鳴家は素晴らしい。よくぞ気がついたな」
「きゅんいーっ、われは賢いの」
 だから、お八つが欲しいと声が揃ったので、寛朝が笑って、茶筒から金平糖こんぺいとうを取り出し、木鉢に入れている。小鬼達が一斉に集まって食べ始めた横で、皆は次の手を考える事になった。
 老々丸や場久、秋英に金次が、次々と語る。
「どの坊さんが化け狸を攫ったにせよ、庫裏にはもう居ないよな。今、どこに狸を隠してるんだろう」
 僧であれば、狸を食べてしまう事はなかろう。だが。場久は顔を顰める。
「糞から金印が出てくるのを、待ってくれるとは、思えませんね」
 寺の者達は、もう一年も、金の糞を待っているが、手に入れられずにいる。
「体のどこかにつっかえているらしく、一向に、出てきてくれないんですよ」
「秋英さん、そうだった。一年待ってたんだっけ! 坊さん達、よくぞ気長に、化け狸の糞を待っていたもんだ」
 しかし庫裏の坊主は、いい加減待ちくたびれてもいよう。金次も顔を顰めた。
「田貫屋さんが危ないぞ」
「おじさんを、取り戻して下さい。笹丸が出来る事はします。お友達になったんです。笹丸は、今回こそ頑張りますから」
 小狐が真剣に語り、皆が悩んでしまう。直歳寮の板間が静かになると、笹丸がうつむいて身を小さくしたので、若だんなは、布団の上においでと声を掛けた。
「きゅーん」
 笹丸は何度も頷き、布団の端にぽんと乗った。若だんなは、鳴家達が笹丸と一緒に、暫く布団で遊ぶだろうと思っていた。
 だが小鬼達は何故だかこの時、急ぎ布団の内へ潜り込んだのだ。
「鳴家、どうしたの?」
 若だんなが首を傾げた時、寛朝がさっと、表廊下の方へ目を向けた。すると、不思議と静かな直歳寮へ、離れた所から近づいてくる足音が聞こえてくる。
 誰が何を言った訳でもないのに、妖達が揃って、顔を強ばらせた。若だんなはその様子を目にし、笹丸ではなく自分こそ、これから頑張らねばならないと分かった。
(今回、私は寝てばかり、話を聞くばかりで、役に立っていないから)
 だから、若だんなの頼みを聞き、上野まで来てくれた妖達のことを、守るくらいはしなければと思う。若だんなが腹をくくった時、足音は皆がいる板間のそばまで近づいてきた。皆の目が、同じ方を向いている。
 秋英が立ち上がり、無言で部屋の入り口へ急いだ。障子の戸を開けた時、妖達が揃って背筋を伸ばすのが見えた。
 開け放った戸の向こうに、仁吉と佐助、二人の兄やの姿があった。

(つづく)