コンビニ兄弟

コンビニ兄弟

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 そういえばマキオは車を持っている。マキオ父から譲り受けた、古いシビックだ。あずき色をしているから、わたしはマキオの車をあずき号と呼んでいる。
「あずき号、エアコンの効きが悪いんだよね」
「じゃあ連れて行ってやらねえよ」
「行きます」
 そうしてわたしは、恋がれていた門司港の地に向かったのだった。
 久しぶりの門司港は、相変わらず心地よい空気が流れていた。
 夏だからだろうか。空も海も青さを増してキラキラしている。潮風が、汗ばんだ肌に心地いい。「へき地」だとバカにしていたマキオも「おー、すげえ!」と声をあげた。
「超観光地じゃん。何あれ、人力車まで走ってる!」
「すごいだろー。いや、わたしの手柄じゃないんだけど」
 前回来たときに焼きカレーを食べたのだが、あとで調べてみたらお店ごとにいろいろな個性があるらしいと知った。だからまた別の、目星をつけていた店に行ってみたのだが、驚くほど行列ができていた。すごいねえ、と話しながら並んで待つことにする。
「あっちー。でもこの暑さの中で熱いカレー食うのもオツだよな」
「お、マキオ分かってるねえ。あとでソフトクリームも食べたいな」
「おう、いいぞ。こういうところのソフトクリームって絶対美味うまいだろうし」
 汗をだらだら流しながら焼きカレーを食べ、それからソフトクリームをめながら散策をする。観光客用なのだろうか、潮風号というトロッコ列車があったので乗った。コトコトとのんびり走るトロッコ列車には、小さな子供連れのひとが多かった。そんな中でマキオと乗っていると、不思議な気持ちになった。子どものころ、幼馴染だったわたしたちはこんなふうにくっついていろんな乗り物に乗った。家族どうしで旅行に行ったときなどは、同じ布団ふとんで寝ていたこともあった。
「なんだかなつかしい感じがしない?」
 ふとくと、マキオが「うん。街並みとかさ、どこか懐かしいな」とうなずいた。
「新しいばかりじゃなくて、懐かしいものがある。面白いな」
「そうなんだよ、いいんだよねえ」
 マキオとは、ほんの少しの会話でちゃんと伝わる。幼馴染とはいいものだ。ふふふ、と笑うと、マキオが「なんだよー」とわたしの肩を軽く小突いた。
「にやにやしやがって。俺と出かけてんのが楽しいのか」
「やっぱ幼馴染っていいなあとは思ったよ」
「そうだろうそうだろう」
「あ、ていうかのど渇いた。カレー、辛かったよね」
「まあまあな。列車降りたら飲み物でも買おう。コンビニどっかにあったかな」
 マキオが言い、わたしは大事なことを思い出す。
 門司港に来た最大の目的は、テンダネス門司港こがね村店に行くことだった!!
「マキオ! 降りたら行くところあるから!」
 がっと腕を掴んで言うと、マキオは「お、おう」とたじろいだように言った。
 列車を降りてから、記憶を辿たどってテンダネス門司港こがね村店に向かう。数ヶ月前、何気なしに歩いた道が、わたしを歓待するように光り輝いて見えた。
「おい、ここのコンビニでいいんじゃない?」
「だめ。もっと先!」
 いぶかし気についてくるマキオに言って、ずんずん歩く。夏の日差しは強く、こめかみから汗がだらだらと流れた。しかし、歩みは止められない。彼は、いるだろうか。絶対絶対、いてほしい。いますように!
 祈りながら歩いていると、視界にテンダネスの看板が飛び込んできた。彼の店のしるしだと思うと、我が家の家紋より尊く思える。頭の中でファンファーレが鳴った気がした。
「あそこ!」
 我慢できずに走り出す。マキオが「なんなんだよー」と追ってくる気配がした。
 駐車場を走り抜け、店に飛び込む。聞きなれたテンダネスの入店メロディが響く。
「いらっしゃいませ」
 やわらかな声がした。耳をやさしくでる声。ああ、間違いない。彼だ!
 見れば、レジカウンターの中に彼がいた。ゆったりと微笑んでいる。
「わ、イケメン」
 わたしの後ろでマキオが呟いたけれど、どこか遠かった。
 あー、やっぱこれ恋だわ。
 確信してしまった。わたしは、彼に恋してしまったのだ。三ヶ月前の、あのほんの少しの出会いで。信じられないけれど。
「和歌、はよお茶買おうぜ」
 マキオの声を聞きながら、レジカウンターに走った。勢いよく駆けるわたしをみて、彼は少しだけ驚いたように、しかしどこか分かっていた風に微笑んだ。ああやめて、そんな風に笑わないで。その笑顔だけで、わたしは運命だと認めてもらった気がしてしまう。