プロローグ【1】

【試し読み】破格のエンタテインメント巨編! 荻堂顕『ループ・オブ・ザ・コード』

更新

各界のカリスマから絶賛の声、続々!! 今年のエンタメ界「台風の目」となること間違いナシの話題作を、発売に先駆けて試し読み公開。

▼『虐殺器官』や『都市と都市』の衝撃が再び。未来を閉ざすのは、ウィルスでも最終兵器でもない。本作が警鐘を鳴らす内省的絶滅は、まさに現代社会で喘ぐ我々に、集団的心的外傷(マストラウマ)を与える。ただひとつの救いは、この閉塞禍に未来を繋ぐ新たな才能が産声をあげた事だ。小島秀夫さん(ゲームクリエイター)

疫病渦より深刻な、混沌とした国際政治の病理を鋭く抉り出している。コロナ禍とウクライナ戦争の今こそ、民族とは何かを教えてくれた。貴志祐介さん(作家)

緻密にして大胆。なによりも、この物語のやさしさに心を揺さぶられた。東山彰良さん(作家)

生まれてくることは悪なのか? 伊藤計劃『虐殺器官』から15年。ふたたび世界に根源的な問いを突きつける。大森望さん(書評家)

第7回新潮ミステリー大賞受賞後、一作目となる本作は、混沌を生きる現代を照射する、規格外のエンターテイメント巨篇です。ぜひ、この才能をお見逃しなく!

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 愛を形にする権利は誰にでもある。
 アメリカの代理母出産斡旋業者サロガシーエージェンシーのパンフレットは、そう始まる。なるほど。確かにその通りだと、私は思う。しかし、新たに生まれてくる命を形呼ばわりする権利は、誰にもないはずだ。少なくとも私は、かつて父親と母親との間にあった愛を証明するために生きてはいない。
 この標語は、形にする権利を持ちながらも、形にする機能を持てなかった人間を慰撫するためだけに語られている。だが、形そのものについては、誰も考えていない。形に魂が宿り、苦悩し続ける数十年のことなど。
 鞄から取り出しはしたものの、読み進める気にはなれなかった。バーリンゲームの自宅を出る時にヨハンが渡してきたもので、彼が夜の便でこちらへ来るまでに目を通しておいて欲しいと言われていた。ヨハンには悪いが、今更読まなくても大抵のことは知っている。カンボジアとインドに派遣された時に、代理母出産ビジネスに関するカンファレンスと現地視察に何度か参加したことがあった。
 その時に目にした光景や耳にした訴えを彼と共有しようとは思わない。チョコレートを溶かしてお菓子を作ろうとしている少女に、原材料の生産地で行われている過酷な労働について教える必要はない。ただ、カカオと違って、私たちが扱おうとしているのは命だ。まだ形と呼ばれる段階の、苦くて仕方がない命。
「アルフォンソ」
 咄嗟にパンフレットを閉じる。
 隣は空席だったはずだが、視線を向けた先には女性が座っていた。律儀にスーツを着ている。いかにも国連職員らしいマスキュリンルックだった。