プロローグ【6】

【試し読み】破格のエンタテインメント巨編! 荻堂顕『ループ・オブ・ザ・コード』

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「この国の子供だけが発症している。…そう聞いて世論が何を邪推するかは、先程の彼の発言からも良く分かることと思う。本件は、我々の存在意義を脅かす重大な事態であると強く認識してもらいたい」
 演台に手を掛けたジェイムズが、部屋にいる全員をじっくりと見回す。
「〈じゃじゃ馬ならしThe Taming〉の全容解明と治療法の確立、それが君たちの任務だ。もはや一刻の猶予もないと思い、今日から取り組んでくれ。なお、調査団のリーダーはアルフォンソ・ナバーロに任せる。私が知る限り国連で最も優秀な現地調査要員インベスティゲーターだ。彼の発言は、私のそれと同じ効力を持つと認識してもらって構わない。今日以降は、彼が現場の指揮を取る」
 自ら手を叩くことでジェイムズは拍手を促し、室内は私に対する歓迎の音で満たされた。嫌な予感は見事に的中していた。部屋の電気が点き、待機していた兵士がドアを開ける。ここは単なる会議の場ではなく、第十四次調査団の司令部ヘッドクォーターとして使用されるらしく、資料や機材はそのままに、他のスタッフたちと共にゾエは部屋を去って行った。一服したそうな顔をしているオスカーと目が合い、私も席を立つ。
「ああ、君たちは残ってくれ」
 ジェイムズがそう言うと、立ち上がり掛けた心悦は座り直した。事情を察したのか、ネイサンは姿勢を崩して前の椅子の背に足を乗せた。
「すまないが、君にはご退場願いたい」
 心悦を見つめながら、ジェイムズは手のひらでドアを指し示した。彼にしては珍しい直接的な態度だった。
「チームに対しての話なら、私も残るべきではないでしょうか?」
「見知った顔を集めて少しばかり昔話をしたいだけだ。よろしければ、ご配慮いただけるかな?」
 心悦の視線が私に向けられる。国連で働く女性なら、この手の排除を経験したことがあるはずだ。対外的に平等や多様性を謳っていても、国連は立派なボーイズクラブだ。
「すぐに終わらせます。申し訳ないが、下で待っていていただけますか」
 彼女は不承不承の面持ちで頷くと、ジェイムズを睨んでから部屋を出て行った。苦笑いを浮かべたジェイムズが、兵士に合図を出してドアの鍵を閉めさせる。壇の縁に腰掛けると、彼はジャケットのボタンを外した。
「ジェイムズ、これは一体どういうことですか」
「久しぶりに会ったというのに、第一声がそれでいいのか?」
「あなたが望む通り、私はチームに対する責任を負うつもりでいる。当然、説明責任も」
「それはなによりだ。さて、何を知りたい?」
「実際のところ、私たちに何をさせようとしているんです?」