【試し読み】990万部突破!「しゃばけ」シリーズ最新刊『なぞとき』①
【試し読み】990万部突破!「しゃばけ」シリーズ最新作『なぞとき』
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江戸は通町にある廻船問屋兼薬種問屋「長崎屋」の病弱若だんな・一太郎と彼を見守る不思議な妖たちがお江戸で起きる怪事件難事件を解決する大人気シリーズ「しゃばけ」! 累計990万部突破の最新作『なぞとき』の刊行を記念して、本日から5日連続で冒頭部分を特別公開いたします。
屈強な佐助が血まみれになってしまい、若だんなも妖も大騒ぎ!! 犯人はいったい誰なの~?
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「きゅんげーっ」
江戸は通町にある長崎屋の離れに、鳴家の、悲鳴のような声が響いた。
小鬼が、半泣きの顔で部屋へ駆け込んできたので、若だんなはまず拾い上げ、懐に入れてみる。それで小鬼は鳴かなくなったものの、若だんなは次に、目を大きく見開く事になった。
小鬼の後から、現れてきた手代の佐助が、何と、頭から血を流していたからだ。その上、頬や額に、熊の爪にでもやられたかのような傷が、幾つも出来ていた。
「えっ、どうして……」
だが佐助は人ならぬ者であり、その本性は、弘法大師が描いた犬神であった。若だんなは、兄やである佐助が血にまみれるなど、考えたこともなくて、思わず離れで狼狽えてしまった。
すると、部屋の長火鉢の横で、長崎屋に巣くっている妖達までが、気合い入りで騒ぎ始めた。小鬼達など、声を上げ駆け回る。
「きょべーっ、血っ。佐助さんの顔っ、血だらけ。怖い、怖いっ」
「佐助さんがやられるなんて。悪鬼の大軍がやってきたんだわっ」
付喪神の鈴彦姫は、飴湯を作っていた木匙を手に、固まってしまう。
しかし佐助は落ち着いており、昼餉はうどんで良いかと、血まみれの姿のまま、若だんなへ聞いてくる。若だんなは大きく息を吸ってから、まず佐助を離れの内に入れ、座って貰うことにした。
「佐助、うどんの事より先に手当をさせて」
「おや、そう言えば怪我をしてましたっけ」
事情は後で聞くからと言い、若だんなは自分用の傷薬を、長火鉢の小引き出しから取り出すと、兄やの傷に塗り始めた。血を拭き取ると、爪でえぐられたのか、並んだ傷が目に入る。
途端、無双の者だと信じていた佐助が、降参の声を上げた。
「若だんな、えらく染みますね、その塗り薬」
「仁吉が作った、私用の薬だよ。妖には少し薄いかな」
「いえ、十分と言いましょうか、こんなに強烈な薬をこしらえるなんて、仁吉は何考えてるんだと言いましょうか」
顔を顰めつつも、いつものように話してきたので、血だらけでも佐助は、大丈夫に違いない。若だんなはほっとして、目に付いた怪我に薬を塗っていった。
「いやその……若だんな、もう大丈夫ですから」
「佐助が、こんな怪我をするなんて。一体、何があったの?」
まさかとも思うが、江戸のど真ん中に、熊でも現れたのだろうか。すると若だんなの言葉に、あちこちから返事が返ってきた。
「熊? 蝦夷地にいるっていう、大きな大きな熊でも出たのかい?」
「熊と同じくらいある、大猪かも」
不安な顔をした妖達が、ぞろぞろと離れへ現れてきたのだ。兄や達や、家を軋ませる鳴家や、鈴彦姫以外にも、長崎屋には前々から、山ほどの妖達が集って、日々好きに暮らしていた。
若だんなは、いつもの面々に向け、首を横に振る。
「いや、熊を相手にしたからって、佐助が負けたり、大怪我をするなんて、考えられないよ。佐助、この怪我、一体どうして出来たの?」
若だんながようよう当人へ問うと、佐助はあっさり訳を告げてきた。