姑にいびられ、遊び人の夫に苦労する女のために化け猫が仕置きをする…宮部みゆきが女の復讐をテーマにした最新作を語る
宮部みゆき最新作『猫の刻参り』、新潮文庫版『小暮写眞館』刊行記念特集
更新

「それなら、そいつら懲らしめようか――」。大ベストセラー作家宮部みゆきさんの新作小説『猫の刻参り』が2月19日に新潮社から刊行されました。
「三島屋変調百物語」シリーズ節目の第十巻でもある本作は、三島屋の次男坊富次郎が客人から聞く変わり百物語と、作中のリアルである「三島屋」側、2つの柱で物語が進みます。
百物語には、化け猫、河童、山姥と昔からよく知られている怪異が登場します。そして本書のテーマは、「苦界を生き抜く女の復讐」。子を喪い夫と姑を恨む嫁、卑劣な悪党から襲撃される村娘、稀代の悪女に全てを奪われる母娘など、多くの女が登場します。執筆しながら、涙することもあったという宮部さんのインタビューを2回にわたって公開いたします。
馴染みのある怪異を自身の小説で書く困難さ、本作に登場する美しく怖い悪女の創作秘話をお楽しみください。
*****
――三島屋変調百物語シリーズ節目の第10弾『猫の刻参り』の刊行、おめでとうございます。今日、宮部さんは『猫の刻参り』の製本をお願いしている加藤製本さんで、スペシャルな体験をされました。製本とは、本を作る工程のひとつで、原稿が印刷された本文を綴じ合わせて、表紙をつけ、カバーや帯をかける一連の流れのことです。
生まれて初めて自分の原稿が本という形になる工程を目の前で拝見し、全工程感動の嵐でした。製本の最終段階で、本文と表紙が合体した、いわゆるカバーを外した状態になるのですが、一面に並べられている富次郎が印刷された表紙を見た時は、涙が出てしまいました。
作家生活も今年で38年目を迎えますが、これまで原稿の進みが悪くなると、椅子の上に足を上げたり、耳かきをしながらPCの前で文句を言ったり……。そんなお行儀の悪さを反省し、二度とそんな不謹慎なことはいたしませんと誓いました。普段何気なく手にしている上製本(ハードカバーの単行本)は、これほど丁寧にきめ細やかに製本されているのかと胸が打たれ、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
――本シリーズでは1話につきひとつの百物語が書かれていますが、本作に収録されている「猫の刻参り」「甲羅の伊達」「百本包丁」の3話で宮部さんの百物語は46話に到達しました。これまでの43作品に登場する怪異、化生のものはすべて宮部さんオリジナルですが、今回は化け猫、河童、山姥、迷い家と、お馴染みの面々です。
今作では、三島屋自体に事件が起きます。不穏な予兆から事件は拡大し、収まるまで丸一冊分かかります。大きな動きがあるなかで、百物語をスムーズに読んでいただくためには、出自から説明しないとならないオリジナルの怪異より、皆さんが慣れ親しんだ化生のものの方が適しているのではないかと、執筆前は考えていました。ところが、いざ書き始めたら、どの化生であっても私の小説で再話するには、本シリーズにおける存在意義と、たくさんある伝承の、しかもどの系譜かまで言及する必要があって。たとえば、「百本包丁」で山姥と迷い家を組み合わせたのは私の創作なので、民話に登場する山のあばら家に棲む山姥とは違うことを説明しないとならない。すると結果的に分量も増え、「週刊新潮」での連載もとても予定より延長していただきました。
――まさに宮部版化け猫・河童・山姥ですね。これらと相対する人物は奇しくも全員女性です。
現代では性差別表現になりますが、江戸時代、女性は「業が深い」「嫉妬深い」「血の穢れを背負っている」と当たり前のように蔑まれる一方、美しければ愛され、子供を授かる存在が故に産土神として大切に尊ばれる面もありました。男性には理解し難い多面的な存在で、それは怪異も同じです。
「甲羅の伊達」に出てきますが、男性は怪異と対峙すると”武士“という性質が顕在化し、滅ぼすか滅ぼされるかという争いになります。一方、幽霊は圧倒的に女性が多く、化け猫は必ず女性に化けるように、女性と怪異は共振し、そのモチベーションを掻き立て、命さえも与えます。
民話に登場する化生のものを書くにあたり、その存在を受容する側が怪異に通底した性分を持つ女性であることは、必然だったと思います。「猫の刻参り」では、嫁ぎ先で姑にいびられ、遊び人の夫を持つおぶんが我が子を喪った時、愛猫シマっこは彼らに復讐し、代わりに業を背負ってくれます。愛する飼い主の女性のために物の怪になるわけですが、私も猫を飼う身としては、書きながらしばしば涙ぐんでしまいました。
――「猫の刻参り」のおぶん、「甲羅の伊達」のみぎわ、「百本包丁」の初代。彼女たちは、また皆、年若い設定です。
子供は怪異を恐れ憚らねばならぬという先入観を持っていないので、親しいものと感じることができます。みぎわは、河童の三平太さまが水に棲むヌシ様だからとても偉い存在であると理解していますが、水から水に自在に移動する奇抜な行動を面白がることもできます。一方同じ村娘でも28歳のサエはそうはいきません。大火事から逃れ、山奥の御館に迷い込んだ松江と初代の母娘は、守り神・山犬の山桃と生活を共にしますが、畏まる松江とは対照的に初代の言動には遠慮がありません。怪異と現世を繋ぐ巫女的な役割を幼い少女に担ってもらうのは、そういうマージナルな存在が相対してこそ浮かび上がる、化生の真実の姿があるからです。
――一方で、花蝶という美しく孤独で怖い悪女も登場します。
影のヒロインです。まず彼女の名前は、岡本綺堂の『半七捕物帳』の「大阪屋花鳥」に登場する稀代の悪女・花鳥の字を変えて使わせていただきました。花鳥は救いようのない犯罪者ですが、花蝶は哀れな人です。
伊元屋自慢の娘・花蝶はたぐいまれな美貌に生まれつき、まわりの異性を魅了する魔性の女です。少女時代から美しくて色っぽい存在として男性に見られ、容姿にしか価値のない存在として育てられます。十五歳そこそこで藩主にも見染められますがその縁談は破談になり、商人同士の政略結婚の道具にされ、挙句、夫の弟からもちょっかいを出され、どんどんおかしくなってしまいます。
終盤、初代の目の前に花蝶が現れる場面があります。幼い初代にしたら、とんでもなく怖い存在でしょうし、恐怖を感じるのは当然です。けどそれだけではなく、花蝶は望む幸せを得ることができなかった悲しい人だと少しでも伝わりますようにと、書いていました。その願いが通じたと思えたのは、誌面に掲載されたイラストレーターのこよりさんの挿絵を見た時です。
その花蝶の目つきからは、化け物ではなく、彼女が切望していた、地に足のついた暮らしをする女性たちに対する羨望、嫉妬、なり替わりたい人生さえあったのではないかとさえ思わせられました。私が意図している以上の花蝶がいて、これこそが挿絵に重きを置く三島屋シリーズの醍醐味です。
※3月1日公開予定の後編では、宮部みゆきさんが『猫の刻参り』の創作の醍醐味を明かしながら、衝撃の昼ドラ展開にも言及します。








