【試し読み】宮部みゆき最新作『猫の刻参り』②

宮部みゆき最新作『猫の刻参り』、新潮文庫版『小暮写眞館』刊行記念特集

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装画 こより
装画 こより

1987年の作家デビュー以来、華々しい受賞歴を誇り、時代を切り取る鋭い視線で大ベストセラーを放ち続けている宮部みゆきさんの新作小説『ねこ刻参こくまいり』が、2月19日に新潮社から刊行されました。
三島屋変調百物語みしまやへんちょうひゃくものがたり」シリーズの主人公は、江戸は三島屋の次男坊富次郎とみじろう。変わり百物語の二代目聞き手として、客人の数奇な身の上話(変わり百物語)を聞き捨てて、一枚絵に描いています。今回の変わり百物語に登場するのは、お馴染みの化生のもの、化け猫、河童、山姥です。
物語は、富次郎が父・伊兵衛いへえに絵師になりたいと告げる場面から始まります。父からの条件は、変わり百物語を続けながらお店の仕事を手伝うこと。当惑しつつ絵の蟷螂とうろう師匠に相談すると、さらに困難な課題を出されてしまい…。
第1話「猫の刻参り」の冒頭、絵師修業と書き手を両立し始めたばかりの富次郎の元に語り手が現れる場面から百物語の主人公おぶんが可愛がっていた猫・シマっことの辛い別れまでを10日間連続で特別公開。

死の淵を覗き、絶望の闇の底に蹴り落とされたおぶんと彼女を支えた猫たち。三島屋の日常と猫好き号泣の百物語の世界、両方をご堪能ください。

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「あらまあ、これは揚げ饅頭ですわね」
 富次郎が供した茶菓子を一目見て、来客は声をあげた。
「懐かしいわ。うちの祖父の大好物だったそうで、月命日になると祖母が買い求めましてね。わたしども孫娘たちも、おこぼれにあずかったものでございます」
 歳のころは四十の後半か、五十路いそじに達しているだろうか。小ぶりの姨子おばこに結った髷は、ごま塩というよりは全体が灰色だ。額には数本の横皺が目立つが、顔色は活き活きとしており、肌にも張りがある。
 着物は路考茶ろこうちゃ江戸褄えどづまで、裾を彩る模様は山茶花の枝と蕾だった。この時季の花だから、たまたま重なったものだろうが、お勝が床の間に活けたのとは違い、江戸褄の蕾からは白い花弁が覗いている。座ってしまうと見えないが、たぶん完全に開いた花は一つもなく、これから咲こうとする、開き具合が微妙に異なる蕾だけをいくつか配してあるという、粋な意匠だろうと思われた。
 普段は誰も寝起きしていない座敷だから、黒白の間は底冷えする。富次郎の側には鉄瓶を載せた長火鉢、来客の右手には手あぶり。縁側からの隙間風が忍び入るところにも、子供が腰掛けられるくらいの大きさの火鉢を置いてある。
 富次郎が淹れたほうじ茶の香りを褒め、近ごろの陽気を話題にしながら、来客は揚げ饅頭を美味しそうに口に運んだ。屈託がなく、遠慮もない。育ちがよく、人に世話をされ慣れているのだろう。富次郎と同じで、甘い物が大好きなのかもしれない。
 揚げ饅頭を二つ食べ終え、一杯目のほうじ茶を飲みきると、来客は軽くいずまいを正して、富次郎に向き直った。
「来るなりよく食べて、図々しい大年増だと思われますでしょう。お許しくださいまし」
「いえ、そんなことは…」
 図々しいとは思わずとも、いい食べっぷりだなあと感じ入っていた。